コンピューターやシステムの「弱点」を自動で見つけ出す能力に特化したAI「Mythos 5」が、2週間の全面停止を経て、6月26日に一部復旧した。米商務省が再び使用を認めたのは、政府が選んだ約100の組織だけだ。電力・水道・通信・金融といった社会インフラを担う大企業や政府機関に限られ、一般の企業は今も対象外のままとなっている。
Mythos 5が重要インフラ向けに再開
Mythos 5は、米AI企業Anthropic(アンソロピック)が開発した最高性能のAIモデルだ。ソフトウェアやシステムに潜む脆弱性(ぜいじゃくせい)——攻撃者に悪用されうるプログラム上の「穴」——を自動で洗い出す能力が突出している。英国の政府系機関が実施したテストでは、コンピューターの防御システムを73%の確率で突破できることが確認されている。
米国家安全保障局(NSA)も実際に試した。6月上旬に開かれた上院情報特別委員会の非公開審議で、委員長を務めるバージニア州選出のマーク・ウォーナー上院議員が明らかにしたところによると、Mythos 5は「数週間かかるはずの機密システムへの侵入を、数時間でやってのけた」という。
この能力の高さが、今回の事態の起点となった。6月12日、米政府はMythos 5を含むAnthropicのすべてのAIサービスを突然、全面停止させた。2週間後の6月26日、米商務省が条件付きで再開を許可した。アクセスを認められたのは「信頼できるパートナー」として政府が選定した約100の組織に限られる。電力・水道・通信・金融など、日常生活や経済を支えるインフラを運営する大企業(フォーチュン500)と連邦政府機関が中心だ。一般企業や個人は引き続き使用できない。
では、なぜ2週間前に全面停止が起きたのか。
停止の引き金——一般向けモデルに見つかった「抜け道」
停止の引き金を引いたのは、Amazonの研究者だった。同社の技術者が、Anthropicの一般向けモデル「Fable 5」——誰でも契約して使えるバージョン——において、AIの安全制限を強制的に外す手法(ジェイルブレイク)を発見した。この報告が米商務省と財務省に共有されたことで、6月12日の全面停止が決まった。
ここで問題の核心を理解するには、Fable 5とMythos 5の関係を知る必要がある。両モデルは同じ基盤技術から作られており、Mythos 5が持つ高度な脆弱性探索の能力の一部は、Fable 5にも潜在的に組み込まれている。研究者たちが発見したのは、Fable 5に設定された安全制限を特定の操作で解除すると、本来は厳しく管理されているはずのMythos 5相当の能力が引き出せるという経路だった。審査なしで誰でも契約できる窓口から、限定管理されているはずの能力に触れられる——そのことが実証された。
米政府はこの停止に、先端技術の国外流出を防ぐための輸出規制法をAIサービスに初めて適用した。公式記録として確認できる限り、AIサービスへの適用は初のケースだった。命令は「外国籍の人へのアクセスを即時停止せよ」というものだった。
Anthropicはこれを受け、Fable 5だけでなく全モデルの提供を自主的に止めた。政府命令の対象を超えた、自社判断による全面停止だった。これほどの経緯を経て再開が認められたのだから、その条件は当然、厳しいものになった。
再開が認められた100組織の条件
Anthropicが政府と共同で2024年に立ち上げた「Project Glasswing(グラスウィング)」——重要インフラの保護を目的とした審査プログラム——を通じて事前に選ばれた組織だけが、今回の再開対象となった。参加には、政府のセキュリティ基準を満たす内部監査の受け入れ、Mythos 5の用途を防御目的に限定した契約への署名、アクセス記録の政府への定期開示という三つの条件がある。
もう一つ、注目すべき条件がある。通常、外国籍の従業員が高度なAI技術を使う場合、技術情報の国外流出を防ぐ米国法に基づく追加手続きが必要になる。今回の承認では、Project Glasswing参加組織内に限り、この制限が免除された。ただし条件は厳しく、秘密保持契約の締結と、Mythos 5を使用するシステムの物理的な隔離が求められる。これらを満たした環境内では、外国籍の社員も特別な申請なしで使用できる。
停止期間中に利用料を支払っていたユーザーへの返金も、Anthropicは決めた。政府命令でサービスが止まった企業が利用者への補填に動くのは異例だ。
ただし、再開されたのはMythos 5だけだ。Fable 5は今も停止中のままで、再開の時期は示されていない。そしてこれは、Anthropic一社の話では終わらなかった。
AI調達の前提が変わった
Fable 5はまだ停止中
6月28日現在、一般向けの最上位モデル「Fable 5」は使えないままだ。再開の日付はまだ発表されていない。
今回復旧したのは「政府が選んだ約100の組織だけが使えるMythos 5」だ。誰でも契約できるFable 5の再開は、その後になる。
OpenAIも同じ圧力下に
停止が始まった6月12日、ChatGPTを開発するOpenAIにも同じ通知が届いていた。次世代モデル「GPT-5.6 Sol」の一般公開を米政府の要請で延期し、事前に承認を受けたパートナー企業だけへの提供に切り替えた。
Anthropicが単独で止められたのではない。同じ日に、業界を代表する2社が同時に政府の管理下に入った。
その余波は大西洋を越えた。EUのサイバーセキュリティ機関ENISA(欧州ネットワーク情報セキュリティ機関)は、Mythos 5へのアクセス回復についてAnthropicではなくアメリカのホワイトハウスと直接交渉している。AIを使いたい側の交渉相手が、「企業」から「国家」に変わった。
今回の2週間の停止が企業に突きつけたのは、依存リスクの現実だ。契約しているAIがある日突然使えなくなる——仮定の話が現実になった。システムの核心に特定の1社のAIを組み込んでいる企業にとって、今回の事態は設計の見直しを迫る事例になった。
IPO(株式公開)を控えていたAnthropicは、今や「規制リスクのある企業」として投資家に見られるようになった。最先端の能力と、政府管理の対象になるリスクとは、切り離せない。
最先端のAIが政府の許可なしには使えない——その時代の入口に、業界は立った。
