生成AIのプロジェクトを立ち上げたのに、実際の業務では使えていない——そんな企業が今、大量に存在する。IBMとGoogle Cloudは2026年6月4日、この「試して終わり」の問題を正面から解決するため、大規模な支援体制を整えると発表した。
IBM×Google Cloudが組んだ、その中身
数千人体制で顧客の現場に入る
両社が新たに立ち上げたのは「IBM Consulting Google Cloud Practice(プラクティス)」と呼ぶ専門組織だ。数千人規模の認定コンサルタントを擁し、AIを顧客企業の実際の業務に組み込む作業を一緒に行う。単に技術を売るのではなく、「動くまで現場に入る」という体制だ。
世界のAI関連サービスへの支出は今年、前年より47%増えて5,850億ドル(約83兆円)に達する見込みだ。それでも実態として、生成AIを試験導入したプロジェクトの約半数は、本番稼働に至らないまま終わっている。お金は動いているのに、現場では使えていない——この矛盾が、今の企業AI導入の実像だ。
IBMとGoogle Cloudはそこに目をつけた。IBMが金融・医療など各業界の現場で長年積み上げてきた業種別の業務手順書・自動化ツール・専門AIモデルと、Googleが開発したAI基盤——この2つを一体で提供する。コンサル会社のAI部門でもなく、クラウド会社の技術サポートでもない。計画から実装、定着まで一括して担う組織だ。両社はこれを「数十億ドル規模」のビジネスになると見込んでいる。
金融・医療など8業種に特化したエージェントを提供
この取り組みの軸になるのが、業種ごとに設計された専用のAIツールだ。
対象は銀行、政府機関、医療、保険、小売、通信、エネルギー、ライフサイエンスの8業種。それぞれの業界には固有の規制がある。銀行なら融資審査に関するルール、医療なら患者情報の取り扱い——そうした制約を「最初から組み込んだ」AIを用意する。企業が自ら規制対応を一から考える手間を省く設計だ。
汎用のAIを買ってきて自社向けに調整する、という従来のやり方とは発想が逆だ。「あなたの業界のルールを知っているAI」を最初から持ち込むことで、本番稼働までの道のりを短くする。IBMが現場で積み上げてきた知識と、Googleの技術を組み合わせた——この提携の中核にあたる部分だ。
AIが勝手に動かないための仕組み、標準搭載に
この組織が顧客の現場に持ち込む主な道具が、「AIエージェント」と呼ばれる技術だ。質問を投げると答えが返ってくる、おなじみのAIチャットとは役割が違う。AIエージェントは人間が逐一指示しなくても、複数の業務を自分で判断しながらこなしていく。たとえば融資審査であれば、申請書類の確認から必要な情報の照合、判定の準備まで、一連の作業を連続してこなす——担当者が指示を出すたびに待つのではなく、流れとして動く。これが、企業が「業務に組み込む」AIとして注目している理由だ。
エージェントの動きをリアルタイムで確認できる
企業がAIに最も不安を感じる点は何か。「勝手に重要な判断をされること」だ。
今回のプラットフォームには、それを防ぐ仕組みが標準で搭載されている。AIが処理を進めているあいだ、管理者の画面にはどのステップを実行中か、何を判断しているかがリアルタイムで表示される。そして、融資の可否判定のような重大な局面では、AIは処理を止めて待つ。担当者が画面上で承認ボタンを押すまで、次に進まない。「ヒューマン・イン・ザ・ループ」——人間が判断の輪の中に組み込まれた状態——という考え方を、プラットフォームの基本設計に織り込んだ。
さらに、業務の性質によってAIの動き方を切り分けられる。手順を一切間違えてはならない金融審査のような業務では、AIは決められた流れを厳守するよう設定できる。一方、顧客からの問い合わせ対応のように毎回状況が異なる業務では、AIが柔軟に対応できる設定にする。ブレーキの強さを業務ごとに調整できる——そういう構造だ。
既存の業務システムとそのままつなげられる
「AI導入=社内システムをすべて入れ替える」ではない——このプラットフォームが企業に受け入れられる理由の一つはここにある。
IBMとGoogleは、それぞれのAI基盤を同一環境で連携させる技術を整備した。重要なのは、各社が長年使ってきた基幹システム——経理、人事、顧客管理——との接続が、一から作り直しなしで可能な点だ。IBMはもともと企業の基幹システムに深く入り込んできた会社でもある。「AIを導入するために既存システムを捨てる」という選択は、多くの企業にとって現実的ではない。そこへの答えとして、この連携設計は機能している。
企業AI、実験から実用へ移る転換点に
先に動き出した企業がある。世界有数の金融機関であるHSBC(エイチエスビーシー)は、Google Cloudとの提携を拡大し、個人向け資産管理サービスへのAIエージェントの展開を進めている。実験段階から、大規模な実運用フェーズへの移行だ。東南アジアを拠点に事業を展開する採用管理会社のYY Groupでは、AIが採用担当者の業務の大半を代行することで、担当者の業務負荷が80%削減されたと報告されている。人間は、AIが判断できない複雑な案件や関係構築に集中できるようになった。
日本でも変化が始まっている。太陽生命保険は日本IBMと共同で、給付金の支払い査定業務への生成AI導入を進めており、2027年1月の本格稼働を目指している。保険の現場では、申請書類の内容と保険規約を照合する定型的な確認作業が大量に発生する。そこをAIが担い、審査担当者がより複雑な判断を要する案件に集中できる体制を目指している。
AIエージェントを業務に本格的に組み込んだ企業の生産性向上は、複数の大規模導入事例の分析で中央値70%超が報告されている。ただし、これは「成功した企業」のデータだ。
IBMとGoogle Cloudが組んだ体制は、この格差を埋めるための「仕掛け」として打ち出された。だが、コンサルタントが現場に入って動かしている間はAIが機能しても、支援が終わった後も業務に定着し続けるかどうか——その答えは、どの企業もまだ出し終えていない。
