「EU AI規制が延期された」——そう報じたメディアは多かった。ただ、その見出しには続きがある。
欧州議会がEU AI法の改正案を可決
2026年6月16日、欧州議会はEU AI法の修正パッケージ「デジタル・オムニバス」を賛成423票・反対57票で可決した。デジタル・オムニバスとは、複数のデジタル規制をまとめて見直す法案のことだ。この可決により、EU域内でのAI規制の施行スケジュールが正式に書き換えられた。
延期されたのは高リスクAI——医療診断や採用選考など、人の生活に直接影響するAIの用途——への義務だ。適用猶予は16ヶ月延び、2027年12月2日まで先送りされた。その一方で、AIが生成した文章や画像に「AI製」と示すラベル表示の義務は、8月2日から予定通り始まる。延期と予定通りの施行が同じ法改正の中に共存している——それがこの改正の実態だ。
高リスクAI義務は最長16ヶ月延期
延期の対象と期間
採用の書類選考、ローン審査、医療診断の補助——こうした「人の人生を左右する場面」で動くAIを、EU AI法は「高リスクAI」と位置づけている。使用前の安全性確認や稼働中の記録保管といった厳格な義務が課される対象だ。
今回の改正で、この義務の適用開始が2027年12月2日へと16ヶ月延びた。もともとは今年8月2日に始まる予定だったルールだ。
標準化規格の遅れが背景に
延期の理由はシンプルだ。ルールを守ろうにも、守るべき技術基準がまだ決まっていなかった。
EU AI法は「どのように安全を確認するか」の具体的な手順を、別途策定する技術標準に委ねていた。この標準の策定を担う専門チームの作業が難航し、完成は早くても2026年末から2027年にずれ込む見通しとなっている。企業は何をすれば適法になるかを判断できないまま期限を迎えようとしていた。
ChatGPTのような汎用AIへの義務は延期されていない
ChatGPTやGeminiのような「汎用AI」——特定の用途に絞らず、文章の生成から翻訳、画像認識まで幅広いタスクをこなす大規模AIモデルのことだ——を提供する企業への義務は、今回の延期対象に含まれていない。これらの義務はEU AI法が発効した2024年8月から12ヶ月後、昨年8月にすでに施行されている。開発元は技術文書の整備や、深刻なリスクを持つと判定されたモデルに対する追加安全評価の義務を現在も履行中だ。「延期された」という報道が届いても、こうしたAIの提供者にとっては規制の時計は止まっていない。
8月2日から始まるラベル表示義務
AIが作ったコンテンツに「これはAIが作りました」と表示する義務——法律上は「透明性義務」と呼ばれるが、要はそういうことだ——は、今回の改正案でも延期対象に含まれなかった。5週間後の8月2日から予定通り始まる。
対象コンテンツと技術基準
対象は3種類に分かれる。
1つ目は、AIチャットボット。ユーザーがAIと会話していることを、事前に知らせなければならない。「このサポートはAIが対応しています」といった告知がそれにあたる。
2つ目は、ディープフェイク——AIが生成・加工した動画、音声、画像だ。こうしたコンテンツには「AI製」であることを明示する義務が課される。
3つ目は、雇用判断や医療情報、金融アドバイス、法的助言といった公共性の高いテーマを扱うAI生成のテキストだ。就活サイトの求人解説や保険の案内文をAIが書いている場合、その旨を示す必要がある。
ラベル表示の具体的な方法については、欧州委員会が6月10日にガイドラインの最終版を公表している。これに沿えば義務を満たしているとみなされる、いわば公式のお手本だ。企業側にとっては、このガイドラインが実質的な準拠基準になる。
なお、8月2日より前から稼働している既存システムに限り、コンテンツに電子的な印を埋め込む「ウォーターマーク」の実装については12月2日まで猶予がある。新たに立ち上げるシステムにこの猶予はない。
罰則と日本企業への影響
透明性義務——ラベル表示の規定——に違反した場合の制裁金は、最大1,500万ユーロ(約25億円)または全世界の年間売上高の3%のいずれか高い方だ。
EU域内にオフィスがなくても、EU域内のユーザーに向けてサービスを提供していれば適用される。日本のECサイトがEU向けに商品ページをAIで翻訳・生成していれば対象になり得る。SNS広告のクリエイティブにAIを使っている企業も同様だ。「外国の話」として読み飛ばせる内容ではない。
