ダイハツ工業の工場で、ベテラン職人の目に頼るしかなかった品質検査をAIが担うシステムが動き始めた。機械では長年、手が届かなかった領域だ。
ダイハツ、滋賀工場でAI検査を本格稼働
2026年6月22日、滋賀県竜王町にある「滋賀(竜王)工場」第1地区のアルミ加工ラインで、AI品質検査システムが本格稼働した。ダイハツがAIを使った品質管理を手がけるスタートアップのVRAIN Solutionと共同で開発し、この技術の特許を両社で共同出願している。
検査対象は、車の変速機——エンジンの回転を車輪に伝える装置——に使うアルミ製部品だ。ドリルで開けた穴の内側には、製造工程でキズが入ることがある。深くて狭い空間の奥にある0.1ミリ前後のキズを検出する作業は、これまで熟練工が照明を当てながら目で一つひとつ確認するしかなかった。
なぜ、機械にはできなかったのか。
なぜ自動化できなかったのか
穴の奥まで届かない照明
まず、撮影できなかった。
検査対象はドリルで開けた穴の奥だ。そこにカメラを向け、光を当てて映し出す——当然の発想だが、実現が難しかった。
穴の中は暗い。奥に向かうほど光が届きにくく、均一に照らせない。そこにアルミという素材の性質が重なる。アルミは表面が光を強く反射する。照明の角度を少し変えるだけで、映像がギラリと白飛びしたり、逆に暗くなったりする。ステンレスの鍋を部屋の照明の下で撮影しようとしたとき、光の反射が邪魔して底の汚れがはっきり映らない——そのような現象が、穴の内部で常に起きていた。
0.1ミリ前後のキズを識別するには、ごく鮮明な映像が必要だ。だが、均一に照らすことができない空間では、その条件が満たせなかった。
傷の種類がルールを超えた
撮影の問題が解決できたとしても、もう一つの壁があった。
機械に「判定」をさせるには、事前にルールを設定する必要がある。「この形はNG」「この大きさ以上は不合格」——そうした基準を人間があらかじめ書き出し、機械がそれに照らして判断する。これが従来の自動検査の仕組みだ。コンビニのセルフレジが商品のバーコードを一瞬で読み取れるのも、事前に「この模様はこの商品」というルールが登録されているからだ。
ところが、製造工程で入るキズは、毎回違う姿をしている。発生する場所も、形も、深さも、大きさも、その都度異なる。「こういうパターンならアウト」というルールをすべて網羅することは、現実には不可能だった。
「まともに撮れない」と「ルールで定義できない」——この二つの壁が重なり、穴の内部の検査は長年、熟練工が目で確認する工程として残り続けてきた。穴を覗き込み、照明の角度を手で変えながら、「これは大丈夫、これはダメ」と判断できるのは、何年もかけてキズを見続けた職人だけだった。その感覚を機械に引き継ぐ方法が、なかった。
熟練工の知見をAIに移した仕組み
ではどうやって、その壁を越えたのか。
答えは、ルールを作るのをやめることだった。
従来の自動検査は「こういう形はNG」というルールを人間が書き出す方式だ。だがダイハツとVRAIN Solutionが選んだのは、別の道だった。熟練工が実際に判断を下してきた膨大な事例を、そのままデータとして記録する。「これはOK」「これはNG」——その積み重ねをAIに渡し、パターンを自分で学ばせた。
職人が何年もかけて身につけた「どのキズが問題で、どのキズが許容範囲か」という判断の基準を、一件一件データとして記録し、それを学習材料としてAI検査ソフトウェア「Phoenix Eye」に渡した。AIはルールを与えられたのではなく、職人の経験そのものを渡された。教科書を渡すのではなく、現場で積み上げた判断の記録を丸ごと移植するイメージだ。
照明の問題は、ソフトウェアだけでは解決できなかった。VRAIN Solutionとの共同開発で、穴の内部を均一に照らせる専用の照明とカメラを新たに設計した。暗く狭い空間の奥まで光を届け、アルミ表面の強い反射を抑えて鮮明な映像を得る——このハードウェア開発なしに、AIによる判定は成立しなかった。Phoenix Eyeというソフトウェアと、それが使えるようにするための撮影装置を、セットで作り上げた。
0.1ミリのキズを識別できる熟練工は、年単位の経験を経て初めてその目を手に入れる。その経験が、データとして移植できた。ダイハツとVRAIN Solutionはこの技術を特許として共同出願している。
ではその仕組みは、現場で何を変えたか。
現場で何が変わったか
まず、作業者の体が楽になった。
これまで検査員は、穴を覗き込み、照明の角度を手で微調整しながら、一つひとつのキズを目で判断し続けた。数時間に及ぶその集中作業は、目に大きな負担をかけていた。AIシステムの稼働後、その目視作業そのものがなくなった。カメラと専用照明が自動で撮影・判定し、作業者はその結果を確認する役割に変わった。
精度が安定した、という変化もある。熟練工による目視検査は高い精度を持つが、個人差や体調の影響を免れない。集中力が最も高い朝と、疲労が蓄積した午後では、判定にばらつきが生じうる。AIに個人差はない。作業者の状態が判定を左右する構造が、取り除かれた。
この取り組みには、技術的な課題の解決以上の意味がある。
2023年末に発覚した認証不正問題を受け、ダイハツは品質管理の見直しを迫られてきた。会社が掲げるデジタル化の方針「人にやさしい、みんなのデジタル」のもと、人間の判断に依存してきた工程を順次見直す取り組みを進めている。今回のAI検査の本格稼働は、人の感覚に頼りすぎることで生じるリスクを構造として減らす、その具体的な一手だ。
今後の広がりも、すでに計画に入っている。今回の技術は、同様の構造を持つアルミ製品全般の検査工程に応用できるとされており、他のアルミ部品ラインや別工場への展開が進む見込みだ。「人の目でしかできない」とされてきた検査がAIに置き換わる動きは、ダイハツだけではない。トヨタ自動車九州はすでに、レクサスの塗装検査工程にAI外観検査装置を導入し、実運用を開始している。
ダイハツが今回示したのは、長年「自動化できない」とされてきた検査が、職人の判断データを学習材料にすることで自動化できるという実証だ。アルミ部品の穴検査で機能した方法論が、製造現場に残る他の「人の目頼み」の工程にどこまで広がるか——その問いへの答えは、これから出てくる。
