「電力を持つ者が、AIの時代を制する」——孫正義はパリでそう言い切った。2026年5月30日、フランス政府が毎年世界の企業トップを集めるパリの投資誘致イベント「Choose France」サミットの壇上で、ソフトバンクグループはその言葉を裏付ける計画を正式に発表した。
12兆円のデータセンター、欧州最大の規模
フランス北部に、AIのための電力工場が建つ。
総投資額は最大750億ユーロ——日本円にして約14兆円だ。まず2031年までに450億ユーロ(約8.4兆円)を投じる第1フェーズから動き出す。残る300億ユーロ(約5.6兆円)の第2フェーズについては、詳細なスケジュールはまだ公表されていない。建設地はダンケルク、ボスケル、ブーシャンのフランス北部3拠点に絞られている。
5GW(ギガワット)という電力容量を言われても、ピンとこない人がほとんどだろう。これは原子力発電所5基分の出力に相当し、ニューヨーク市がピーク時に消費する電力量とほぼ同じだ。業界調査会社Datacenter Dynamicsの推計では、2025年末時点でフランス国内にあるデータセンター全体を足し合わせても約1.5GWしかない。ソフトバンクはその3倍以上を、一社で新たに積み上げる。
用地はフランス電力公社(EDF)が提供する。稼働を終えた旧発電所の跡地をデータセンターへ転用し、既存の大容量送電網をそのまま流用する。ゼロから土地を開発して電力網を引くより早く大量の電力をつなぐことができ、第1フェーズだけで3.1GW分の電力を早期に確保できる計算だ。シュナイダーエレクトリックとの協業でダンケルク港周辺には電力設備と製造の産業クラスターも設ける。
フランスが選ばれた理由は電気だ。電力の約70%を原子力でまかなうフランスは、電気代が安く、CO2排出量も格段に少ない。アメリカのように化石燃料に頼る地域でデータセンターを動かせば、環境規制の費用がかさむ——孫正義はその差を計算に入れた。
孫正義が「投資家」を超えた
金額の大きさが先に目を引くが、このニュースの本質はそこではない。
ソフトバンクはここ10年あまり、世界中の有望なテック企業の株を買い続けてきた。ウーバー、DiDi、Arm——そういった企業の大株主になることで利益を得る、「目利きをして、良さそうな会社にお金を入れる人」の立場を取ってきた。
今回は、それとは根本的に違う。
データセンターは、AIが実際に動くための「建物と土地」だ。AIが計算をするには膨大なサーバーが必要で、そのサーバーを動かすには大量の電力がいる。ソフトバンクはその「箱」と「電気」を自分で持つ側に回ることを選んだ。不動産に例えるなら、これまでは「不動産会社の株を買う投資家」だったのが、今度は「自分でビルを建てて持ち、テナントに貸し出す大家」になろうとしている。
その転換を促したのは、AIをめぐる競争の変化だ。「頭のいいAIを作れるか」という勝負は、今や「そのAIを動かす電力と物理的な場所を押さえられるか」という勝負に重なりつつある。電力なきAIは動かない——その現実に、孫正義は12兆円で賭けた。
ソフトバンクはすでにOpenAIの株式を約11〜13%保有しており、出資額は300億ドル(約4.5兆円)を超える。フランスに建つデータセンターは、OpenAIをはじめとするAI企業に計算資源を供給する拠点としても機能する見通しだ。「OpenAIが成功すれば儲かる」株主から、「OpenAIが動くための電力と計算資源を供給する」インフラ事業者へ——ソフトバンクの立場は、同じAIの文脈の中で確実に変わっていく。
この規模の賭けを支えているのは、足元の業績だ。ソフトバンクグループの2026年3月期の純利益は5兆220億円に達し、日本企業として初めて年間5兆円の壁を超えた。14兆円規模の投資を実行するには、それを裏付ける体力が必要だ。今のソフトバンクにはそれがある。
フランスを選んだもうひとつの事情
電力が核心にあることは先に書いた。だがフランスに決まった背景には、それだけでは説明しきれない事情がある。マクロン大統領の直接外交と、欧州固有のデータをめぐる問題だ。
マクロンの直接外交
投資発表の舞台は「Choose France」サミットだ。毎年パリで開かれる、フランス政府が世界の企業経営者を招いて投資を呼び込む場で、マクロン大統領は欧州最大規模のAI投資として5月30日に正式に発表した。
マクロン流の誘致外交は、国家元首が世界の企業トップと個別に向き合う形で進められてきた。ソフトバンクとの合意もその延長にある。外国企業の資本を呼び込みながら、自国の産業基盤を強化することがフランス政府の狙いだ。今回の投資による雇用創出の具体的な目標数値は、発表時点では明らかにされていない。欧州の主要都市に近いダンケルクに産業クラスターを根付かせる——外国企業の投資を国内の産業に変えるという算段が、ここに見える。
米国クラウドから離れる欧州
欧州の企業がデータ処理を外部に委ねるとき、その行き先はほぼ決まっている。AWSかGoogle、Microsoftか——いずれもアメリカ企業のクラウドサービスだ。
「デジタル主権」という言葉が、近年の欧州の政策文書に繰り返し登場する。自国や地域のデータを、外国企業のサーバーに依存せず管理できる状態を目指す考え方だ。データがどの国のサーバーに載り、どの国の法律が適用されるのか——それを自分たちで決めたいという意思が、EU全体に広がっている。フランス国内に建つデータセンターは、欧州のデータ規制(GDPR)の管轄内に置かれる。AI計算を欧州の地から動かす選択肢が増えることを、フランス政府が歓迎する理由がそこにある。
ただし、一つの事実がある。ソフトバンクは日本企業だ。AWS・Googleへの依存から欧州が離れようとしたとき、その代替として現れたのは、別の外国企業のインフラだった。
「欧州のデジタル主権」の意味は、どう定義するかで変わる。「アメリカ企業に依存しないこと」であれば、日本企業のインフラで要件を満たす。「自分たちで管理できること」であれば、ソフトバンクのデータセンターも同じ問いに晒される。EUの規制当局がどちらの立場を取るかは、まだ決まっていない。5GWの建物が完成した後に始まる契約交渉と規制の議論が、その答えを出すことになる。
