ChatGPTのOpenAI、株式上場を申請
「どうせリークされる。だったら自分たちで発表する」——そう語ったのは、サム・アルトマン。ChatGPTを開発したOpenAIのCEOだ。2026年6月8日、OpenAIはアメリカの証券当局(SEC)に株式上場のための申請書類(S-1)を提出し、自ら公表した。
IPO(新規株式公開)とは、それまで一部の大企業や投資家しか買えなかった株を、証券取引所で誰でも売買できるようにすることだ。OpenAIの株はこれまで、ソフトバンクやマイクロソフトといった大口の出資者にしか手が届かなかった。早ければ今年後半にも、ナスダック(アメリカの代表的な株式取引所)に上場し、一般の人が株を買える状態になる見通しだ。S-1には今回のIPOで最大400億ドル(約6.2兆円)を調達する目標が示されており、その資金の大半を自前のAI設備建設に充てる方針だ。
ただし、この会社には大きな矛盾がある。同申請書によると、2026年の売上高は130億ドル(約2兆円)が見込まれる一方、損失はそれを上回る140億ドル(約2.2兆円)に達する見通しだ。稼ぎより出費のほうが多い。その状態でなぜ上場できるのか——それがこのニュースの核心になる。そしてこの会社についた値段は、約135兆円にのぼる。
評価額135兆円の規模感
その135兆円がどれくらいの規模か。南米アルゼンチン——人口4,600万人、農業と資源で知られる国——が1年間に生み出す経済の総量(GDP)を、この数字が丸ごと上回る。
2026年3月の資金調達には、AmazonやNVIDIA(半導体チップで世界を席巻するメーカー)も名を連ねた。未上場企業の資金調達としては史上最大規模だ。
これだけの値がつく根拠は、ChatGPTの普及だ。週に9億人が使い、アメリカの大企業500社のうち9割以上が業務に取り入れている。インターネット検索が「なくては困る」インフラになったように、ChatGPTもその入口に立っている——投資家はそこに巨額を張った。
赤字続くOpenAI、契約改定で黒字化へ
週9億人が使い、大企業の9割以上が業務に導入している。それだけ普及していれば黒字になりそうなものだが、帳簿の中身は逆だ。
売上57億ドル、赤字122%
S-1申請書によると、2025年度の売上は57億ドル(約8,800億円)。しかしその122%、つまり売上を上回る損失が計上された。1ドル稼ぐたびに、1ドル22セントを失っている。
赤字の正体は、AIを動かすコストにある。ChatGPTに質問を打ち込むたびに、膨大な計算処理が走る。その計算を担うのが、大量の電力を消費するコンピューター施設(データセンター)だ。利用者が増えれば、電気代と計算コストが比例して膨らむ——成長がそのまま赤字拡大につながる構造になっている。
2026年も、損失は140億ドル(約2.2兆円)に達する見通しだ。売上が増えてもコストが追いかけてくる。
マイクロソフトとの契約改定で支払いに上限
この構造を変えるために、2枚のカードが切られた。
1枚目は、マイクロソフトへの支払いに上限を設けた契約改定だ。OpenAIはこれまで、初期から巨額を出資したマイクロソフトに利益の一部を払い続ける義務を負っていた。この累積支払額を2030年までに380億ドル(約5.9兆円)で打ち止めにする——そう改定した。改定がなければ最大970億ドルを払い続ける可能性があったとされる。その差額が、黒字化への余地となる。
2枚目は、マイクロソフトとのクラウド独占契約の解消だ。クラウドとはコンピューター設備を外部から借りてAIを動かす仕組みで、これまでOpenAIはマイクロソフトの設備しか使えなかった。この制約が外れ、AmazonのAWS(クラウドサービス)とも組めるようになった。複数の選択肢を持つことで、費用交渉の余地が生まれる。
IPOで集めた資金は、「スターゲート」と呼ばれる巨大プロジェクトに投じられる予定だ。OpenAI、ソフトバンク、Oracle(オラクル、企業向けソフトウェアの大手)が組み、5,000億ドル(約79兆円)規模でAIを動かすデータセンターをアメリカ国内に建設する計画だ。自前の設備を持てば、今は外部に払い続けている電気代と計算コストを将来的に圧縮できる——赤字を前提にしながら、仕組み自体を作り変えることに賭けているということだ。
ライバルのAnthropicも、1週間前に申請
OpenAIが申請書類を提出した1週間前——6月1日、ライバル企業がすでに同じ動きを取っていた。
Anthropic(アンソロピック)は、OpenAIの元幹部が設立したAI企業だ。「Claude(クロード)」という対話AIを開発し、ChatGPTに対抗するサービスを提供している。このAnthropicも証券当局に申請を提出したが、方式はOpenAIと異なる。OpenAIが申請と同時に財務情報を公表する「公開申請」を選んだのに対し、Anthropicは「機密申請(confidential filing)」という方式をとった。上場手続きが完了するまでの間、財務の詳細を一般に開示しなくてよい制度だ。Anthropicの評価額はOpenAIを上回る9,650億ドル(約153兆円)とされるが、売上や損失の実態はまだ公表されていない。
1週間のうちに、AI業界の「2強」が相次いで株式市場を目指した。これはもはや個別企業のニュースではない。AIの「頭脳」を作る企業が初めて、一般の投資家の審判を受ける舞台に立とうとしている。
上場を可能にした2つの転換
この相次ぐ上場申請を実現させるために、OpenAIは2つの障害を乗り越えた。
1つ目は、イーロン・マスクが起こした訴訟だ。OpenAIはもともと「利益ではなく人類のためにAIを開発する」という理念を掲げた非営利団体として設立され、マスク自身も共同設立者として資金を提供した。その後、経営の方向性をめぐってアルトマンらと決裂したマスクは、「非営利時代に積み上げた技術資産を私的な営利事業に転用している」として訴訟を起こした。非営利団体の財産は、本来その理念のためだけに使われるべきものだ——という主張だ。この訴訟が退けられたことで、組織転換への法的な障害が取り除かれた。
2つ目は、組織形態の問題だ。非営利団体のままでは株を一般に売ることができない。そこでOpenAIはPBC(Public Benefit Corporation、公益会社)という企業形態に移行した。普通の株式会社と違い、「株主の利益」だけでなく「社会全体への貢献」も考慮する義務を法律上負う形態だ。これにより株主は配当や株価上昇による利益を受け取れるようになる。
OpenAIやAnthropicが直接株式市場に姿を現せば、AI投資マネーの行き先も変わる可能性がある。これまでAI関連への投資は、半導体チップメーカーのNVIDIA(エヌビディア)などの株を通じて間接的に行われてきた。既存のテック株を持つ人にとっても、無関係ではない話だ。
ChatGPTが登場してから約3年半。AIは「誰でも使える道具」になり、今度は「誰でも買える株」になろうとしている。赤字を抱えたAI企業に、市場がどんな値段をつけるのか——その問いへの答えが、まもなく出る。
