OpenAI、最大157兆円規模のIPO申請
2026年6月8日、ChatGPTを開発・運営するOpenAIが、米証券取引委員会(SEC)に上場申請の書類を提出した。IPO(新規株式公開)とは、それまで一部の投資家しか持てなかった会社の株を、広く一般にも買えるようにする手続きのことだ。
想定される企業価値は最大1兆ドル、日本円で約157兆円。AI企業として過去最大の規模であり、2012年のFacebook(現Meta)上場時の約10倍に相当する。主幹事はゴールドマン・サックス、モルガン・スタンレー、JPモルガンの3社が担う。上場は2026年中が有力視されている。
ただし、この申請書には重要な注記がある。2026年のネット損失は約250億ドル(約4兆円)に達すると予測されているのだ。収益は年間200億ドル規模まで成長しているにもかかわらず、データセンターやコンピューティング設備への投資が膨らみ、赤字が続いている。巨額の赤字を抱えたまま、史上最大規模の上場に向かっている——投資家が厳しい目を向けるのは避けられない。
申請の直前には、障害のひとつも取り除かれていた。イーロン・マスク氏が起こしていたOpenAIへの訴訟が、6月1日に棄却されていたのだ。マスク氏はOpenAIの共同創業者のひとりだが、その後関係が悪化し、「非営利の理念を捨てて利益追求に走った」としてOpenAIを訴えていた。上場への法的な道筋が開いたタイミングで、書類が提出された形になる。
赤字4兆円を抱えて上場へ向かうOpenAIが、同じ6月8日にもうひとつ発表を行っていた。
IPO申請と同日、研究プラットフォーム「ERE」を公開
その名は「Economic Research Exchange(ERE)」。AIが雇用や経済全体に与える影響を研究する外部の経済学者に、データと資金を提供するプラットフォームだ。IPO申請書の提出と、同じ6月8日の発表だった。
「AIが経済に与える影響についての議論は、根拠のない推測に頼りすぎている」——EREの公式発表文に記された言葉だ。目的は、実際の製品利用データに基づいた実証研究を生み出すことだという。研究者に渡されるのはChatGPTなどのツールがどれほど使われたかという行動データのみで、会話の内容は一切含まれない。
資金の出所は「OpenAI Foundation」——IPOを申請した営利企業とは別の、非営利部門にあたる組織だ。OpenAIはもともと非営利団体として設立されたが、現在は非営利部門が営利部門を管理するという複雑な構造をとっている。EREへの資金拠出はその非営利部門が行うが、IPO申請書を提出したのは営利部門だ。同じ「OpenAI」という名のもとで、研究助成と株式公開が同日に動いた。
採択された研究者には、資金とOpenAIのデータへのアクセス権が提供される。
研究者に渡されるもの、求められるもの
EREが対象とするのは、雇用・格差・生産性・教育など、AIが「仕事と社会をどう変えるか」に直結する10以上の分野だ。
採択された研究者が受け取れるのは一時金25,000ドル(約390万円)。加えて、ChatGPTなどの実際の利用データへのアクセス権も付与される。ただし、このデータを扱うにはOpenAIとの秘密保持契約(NDA)の締結が条件となる。NDAとは、入手した情報を外部に漏らさないことを法的に約束する取り決めのことだ。
成果の発表にはOpenAIの審査が必要
資金を出し、データを渡す。ここまでは太っ腹な話だ。だがEREには、もうひとつの条件がある。
研究者が論文を外部に公表するには、事前にOpenAIの審査を通過する必要がある。OpenAIはこれについて、「データの正確性を確認し、プライバシーを保護するためのプロセス」だとEREの公式発表文で説明している。
その理屈は通る。研究者が手にするのはChatGPTの実際の利用データだ。公表前に中身を確認したい——その主張自体はおかしくない。
ただし、業界全体を見ると、この条件は一般的ではない。MetaやGoogleも外部研究者向けの助成プログラムを持っているが、成果の公表前に企業が審査する仕組みは設けていない。出版前審査は、少なくともAI大手の研究助成においては、OpenAI固有の設計だ。
この仕組みを図にすると、ひとつのことが見えてくる。OpenAIは資金を出し、データを渡し、そして成果を世に出す前の「最後の扉」も持っている。研究プロセスの入口から出口まで、すべてがOpenAIの管理下にある。
その「扉」を通らなければならない研究のなかには、当然、「AIが雇用を奪う」という結論を出しうるものも含まれる。
OpenAIはいま、約250億ドル(約4兆円)の赤字を抱えたまま株式公開に向かっている。上場後に「AIは大量失業を引き起こす」という研究が世に出れば、株価への影響は避けられない。「AIが雇用に与える影響」を研究する枠組みの審査を、自らが担う——投資家へのリスク管理として見れば、合理的な設計に見える。
この仕組みから生まれる研究を「独立した外部研究」と呼ぶかどうかは、読む人の判断に委ねられている。
