ChatGPTを作ったOpenAIが、誰でも自社の株を買えるよう証券市場への上場を申請した。その5日後、アメリカのほぼ全土にあたる42州の司法長官から「情報を全部出せ」という法的な命令が届いた。
IPO申請の5日後に召喚状が届いた
2026年6月8日、OpenAIはアメリカの金融監督機関・SEC(証券取引委員会)に上場申請書類を非公開で提出した。上場(IPO)とは、会社の株を証券取引所に登録し、一般の人が自由に売買できるようにすること。このIPOで想定される評価額は最大1兆ドル——日本円で約135兆円で、日本の年間国家予算を上回る規模だ。
申請から5日後の6月12日、ニューヨーク州司法長官レティシア・ジェームズが主導するかたちで、42州の司法長官連合がOpenAIへ召喚状を送付した。召喚状とは、情報や書類の開示を法的に強制できる命令書のこと。任意の「お願い」ではなく、拒否すれば法的制裁が科される。
42州という数はアメリカ50州の8割以上にあたる。この規模の州連合による調査は、過去に例がない。参加した州は民主党が強い東海岸から、共和党が支配する南部・中西部まで幅広い。予算から外交政策まで、ほぼあらゆる議題で対立するふたつの陣営が、「ChatGPTを調査する」という一点で足並みをそろえた。
ChatGPTを週に1度以上使う人は世界で9億人に達し、前年から倍以上に増えた。有料のビジネス契約は900万人、法人顧客は100万社を超え、アメリカの大企業上位500社の92%がOpenAIの製品を業務に組み込んでいる。日本企業も多数が活用しており、あなたの職場や取引先がすでに使っている可能性は低くない。そのサービスを作った会社に対して、国のほぼ全土が「説明しろ」と迫っている。
42州が問うChatGPTの問題点
42州が要求した情報開示の期限は7月末とされ、要求の対象は未成年者・高齢者への影響に関する社内文書、ユーザーの健康データの収集・利用方針、広告事業者との契約や個人データの提供実績など、多岐にわたる。ChatGPTに何かを入力したことがある人なら、どれか一つは自分に関係する話だと気づくはずだ。
各州の司法長官が一斉に動いた背景には、OpenAI自身の姿勢への不信感がある。同社は「AIの安全な開発を最優先する」と繰り返してきたが、その間に安全研究を担う部門の人員と予算を段階的に削減してきた。安全担当チームの中心人物が相次いで退社し、「口で言う安全とやっていることが違う」との批判が積み重なった。この言行不一致が、42州の調査の出発点にある。
未成年・高齢者への安全性
召喚状がまず問うのは、ChatGPTが年齢に関係なく誰でも使える状態になっていることだ。
OpenAIの利用規約は13歳未満の使用を禁じているが、登録時に実際の年齢を確認する仕組みはない。子どもが危険な話題について質問しても、画面の向こうにいるのが大人か子どもかを、ChatGPTは知ることができない。
2026年6月1日、フロリダ州司法長官ジェームズ・ウスマイヤーがOpenAIとCEOサム・アルトマンを個人名で提訴した。きっかけは前年に同州のフロリダ州立大学(FSU)で起きた銃撃事件だ。容疑者が犯行計画の「相談相手」としてChatGPTを使っていたとされ、ウスマイヤーは「安全上のリスクを社内で把握しながら対策を先送りした」として損害賠償と安全基準の改善を求めた。実際、OpenAI社内では2023年以降、未成年ユーザーへのリスクを警告する内部文書が複数作られていたとされる。
高齢者への影響も調査の対象だ。問題になるのが「ハルシネーション」——AIがもっともらしい嘘をついてしまう現象だ。医師に相談する代わりにChatGPTへ症状を入力する高齢者は増えているが、返ってくる回答が医学的に正確である保証はない。
健康データと広告慣行
「最近疲れやすい、受診すべきか」「処方薬の飲み合わせが不安」——そうした相談をChatGPTに打ち込むユーザーは多い。各州の司法長官が問うのは、その会話データがどこに保存され、何に使われているかだ。
焦点になっているのが広告との関係だ。ユーザーが入力した健康情報や生活習慣のデータが、広告の配信に活用されていないかが問われている。相談相手に話しかけているつもりで、広告のターゲットとして扱われているとすれば、ユーザーはその事実を知らされていないことになる。
各州の消費者保護法は、企業が個人データを収集・活用する際に、内容と目的をユーザーに明示することを義務づけている。召喚状が問うているのは、OpenAIがこの義務を果たしているかどうかだ。
個人ユーザーだけの話ではない。企業がChatGPTを業務に組み込んだ場合、社員が社内の情報や健康データを入力することがある。そのデータの行き先を、会社のIT部門が把握できているとは限らない。
今回の召喚状は、連邦政府ではなく各州が独自に動いたものだ。42の窓口に同時に、かつ矛盾のない形で回答しなければならないOpenAIにとって、対応の難しさはそこにある。フロリダ州はさらに独自の提訴まで行っており、「情報を全部出せ」という段階から「法廷で問う」段階へ踏み込んでいる。7月末の期限後、各州がその内容を見て、追加の法的措置に動くかを判断する。
OpenAIはこれらの調査項目に対する具体的なコメントは出していない。
OpenAIのIPOはどこへ向かうか
サム・アルトマンCEOは6月13日、召喚状の送付を受けた翌日に声明を出し、「規制当局と協力する意思はある。だがIPOは予定通り進める」と述べた。その言葉は今も変わっていない。
ただ、評価額の見方は変わった。法的調査が表面化した後、投資銀行の間では評価額を1,100〜1,200億ドル(約15〜16兆円)程度に修正する動きが出ている。当初想定の最大1兆ドルから1割強の水準まで下がった数字だ。SECの審査も、42州の調査結果を待つために数ヶ月から1年以上遅延するとの観測が出ている。
主要株主のマイクロソフトは、召喚状の報道が広がると「今回の調査への関与はない」と距離を置いた。マイクロソフトはOpenAIへの最大の投資家として巨額を投じてきた企業だ。もう一方の大口投資家であるソフトバンクグループも、近年OpenAIとの連携を強化してきたが、今回の調査については沈黙している。「一緒に前に出る」状況ではなくなっている。
だからこそ、問いは「潰れるかどうか」ではない。42州が調査を終え、SECが審査を再開し、アルトマンが上場手続きを通過する日が来るとして——そのときのOpenAIは、今と同じルールで動いているだろうか。これだけの規模のサービスが「安全を証明しろ」と迫られている。その答えが出るまでの数ヶ月が、このサービスの次の形を決める。
