AIを社内に導入した企業が最初に気づく現実がある。法律や業務ルールが変わるたびに、AI専門家が設定を手作業で書き直さなければ、すぐに使い物にならなくなる。富士通は5月25日、その「AIのお世話問題」を解消する技術を発表した。
富士通が「自己進化AIエージェント」を発表——4領域で精度28ポイント向上
医療の診療報酬が改定される。行政の制度が変わる。そのたびに企業のAIシステムは、内部の設定を人の手で更新しなければ正しい答えを出せなくなる。「自動化したのに、専門家が張り付いていないと動かない」——これが多くの企業の現実だった。
富士通が発表した「自己進化マルチAIエージェント」は、その構造に手を入れる技術だ。複数のAI(エージェント)がチームを組んで業務をこなしながら、実行の成否を自動で記録し、次の判断に反映する。専門家が介在しなくても、AIが自分で賢くなっていく設計だ。
AIが成否から学ぶ仕組み
人間が経験から学ぶとき、うまくいったやり方は繰り返し、失敗したやり方は修正する。この技術が目指すのは、AIに同じ循環を持たせることだ。
富士通が企業向けに提供する業務用AIシステム「Takane(たかね)」にこの技術を組み込み、製造・医療・金融・行政の4分野で実証を行った。4分野の平均で回答精度は28ポイント向上したと富士通は発表している。個別では製造分野が37.0ポイント、金融分野が40.9ポイントの改善を確認した。医療・行政の個別数値は今回の発表資料では開示されていない。なお、今回発表された精度向上の数値はいずれも改善幅のみで、改善前の出発点が何パーセントだったかは示されていない。「28ポイント向上」が低い水準からの改善なのか、すでに高い水準からのさらなる改善なのかは、現時点では判断できない。
誤った学習を防ぐ安全設計
AIが自分で学習するということは、誤った方向へ学ぶリスクも生む。富士通は発表資料の中で、人のフィードバックを学習ループに組み込む構造を採用したと説明している。AIが自動更新した内容を担当者が確認・修正できる設計で、判断がずれ続けることを防ぐ仕組みだという。ただし、誰がいつどのような形でレビューするのか、どの程度の頻度で人が介在するのかといった具体的な運用の仕様は、今回の発表では明らかにされていない。
この技術は2026年7月から、富士通の企業向けサービスに組み込まれる予定だ。実証の範囲は現時点で富士通グループ内と限定的なパートナー企業にとどまっており、固有名が公表されているのは社会医療法人玄州会のみだ。実証施設の総数や期間も今回の発表では開示されていない。専門家なしで自律運用できると主張する技術が、より広い現場でどこまで機能するかは、サービス開始後に問われることになる。
病院・自治体での実証結果
「専門家が要らなくなる」——その根拠となった実証は、医療と自治体という二つの現場で行われた。
電子カルテへの適用
電子カルテシステム「HOPE LifeMark-HX」を使う中・大規模病院では、設計仕様書の検索タスクに特化した実証が行われた。
診療報酬の改定など法改正が生じるたびに、病院のシステム担当者はどこを変更すべきかを特定する作業を迫られる。こうした作業は長年そのシステムを知る熟練担当者が担ってきたが、異動や退職で人が抜けると次の法改正への対応が一気に難しくなる。実証では、AIがその影響調査を自律的に担い、担当者への依存を減らすことを確認した。
社会医療法人玄州会との共同実証では、診療記録や検査結果から診断名や治療方針を抽出するタスクと、診療報酬請求のコンプライアンス確認にこの技術を展開。専門家が逐一チェックしなくても、AIが継続的に監視できる体制に近づいたことを確認している。
住民記録システムの事例
自治体向け業務システム「MICJET 住民記録」の実証でも、背景にある課題の構造は病院と同じだった。
住民票や戸籍に関わる制度が変わるたびに、業務ルールとシステム構造の両方を理解している人材でなければ判断できない調査作業が発生する。大都市の自治体であればまだしも、小規模な自治体でそうした専門人材を常時確保し続けるのは容易ではない。制度改定のたびに外部の専門家を呼ぶケースも少なくなかった。
実証では、AIが制度改定ごとに関連文書の探し方を自動で改善し、変更箇所の特定を担えるようになった。「制度に詳しい専門人材がいなくても対応できる」——これが病院と自治体、二つの現場に共通して確認された成果だと富士通は説明している。
病院も自治体も、患者情報や住民情報という機密データを扱う。富士通はこうした組織でも利用できるよう、データを外部サーバーに送らず施設内で処理する技術の開発も並行して進めている。2026年7月のサービス提供開始で、実証の舞台は富士通グループ内から一般企業へと広がる。
