AIを業務に取り入れる企業が急増している。だが、そのAI自体がサイバー攻撃の入口になるリスクをきちんと管理できている企業は、思った以上に少ない。「AIセキュリティの戦略を更新した」と答える企業は全体の77%にのぼる一方、実際に動かせる体制を整えているのはたった26%だ——コグニザントが今回の提携拡大にあわせて公表した調査が、この51ポイントの空白を示した。
提携拡大の背景にある危機
グローバルITサービス大手のコグニザントと、サイバーセキュリティ企業CrowdStrike(クラウドストライク)は2025年に始めた協業をさらに深め、AIシステムを「設計から運用まで丸ごと守る」専門サービスを2026年6月に発表した。CrowdStrikeが持つセキュリティ基盤「Falcon(ファルコン)」を、コグニザントのAI開発・運用プラットフォーム「AI Factory」に組み込む形だ。統合サービスはコグニザントの企業向けコンサルティング・マネージドサービスを通じて提供される。CrowdStrikeの既存利用企業に対してどのような導入経路が設けられるかは、今後両社が詳細を案内するとしている。
この発表の引き金の一つとなったのが、「シャドーAI」と呼ばれる問題だ。会社のIT部門に無断で業務にAIツールを使う社員が増えており、管理が行き届かないAIが情報漏えいの入口になるリスクが高まっている。
問題の深刻さは数字が物語る。セキュリティ企業Check Pointが2026年にまとめた調査では、過去1年間に78%の組織がAI関連のセキュリティ事故(確定または疑いを含む)を経験したと報告している。AI関連の脆弱性——つまりシステムの弱点——は2025年だけで前年比34.6%増の2,130件が公開され、そのうち約半数が緊急または深刻なリスクに分類されている。
AIエージェントが攻撃の足場に
「AIを使う人間がリスクになる」——シャドーAI問題はそういう話だった。だが攻撃の形はさらに変わりつつある。AIエージェントそのものが、攻撃者の道具として動いてしまうケースが現実に起き始めている。
AIが起点の脅威が2.5倍に
CrowdStrikeの脅威インテリジェンスによると、AIを悪用したサイバー攻撃は2025年から2026年にかけて前年比2.5倍に増加した。件数だけではない。攻撃の「速さ」が根本的に変わった。
AIを使った攻撃ツールは、システムの弱点を見つけてから攻撃を完了するまでわずか22秒だ。セキュリティ担当者が異常に気づき、対応を始めようとする頃には、すべてが終わっている。
AIに命令を送り込む手口
攻撃者がAIに直接ウイルスを仕込むわけではない。手口はもっとシンプルで、だからこそ従来の防御が通用しない。
メールや文書の中に、人間の目には見えない「隠れた指示」を埋め込む。AIエージェントがその文書を読み込むと、正規の権限を使ってその指示に従ってしまう。機密メールを外部に転送する、顧客データを書き換える——AIが「正規のユーザーとして」これをやるため、ウイルス対策ソフトには引っかからない。この攻撃手法を「プロンプトインジェクション(AIへの不正な指示注入)」と呼ぶ。なかでも、AIが読み込む文書やデータの中に指示を埋め込む形を「間接プロンプトインジェクション」という。
この問題が深刻なのは、特定の企業だけの話ではないからだ。
2025年5月、開発者に広く使われているツール「GitHub MCP Server」に重大な脆弱性が発見された。17,000以上の開発者がこのツールを使っていた。攻撃者が不正な内容を含む「Issue(開発上の課題メモ)」を投稿すると、AIエージェントがそれを読み込んだ瞬間に、非公開のソースコードを攻撃者が閲覧・操作できる状態になった。間接プロンプトインジェクションの典型的な悪用例だ。
同年6月、Microsoft 365 Copilot(マイクロソフトのAIアシスタント)には「EchoLeak(エコリーク)」と名付けられた脆弱性が見つかり、修正された。細工されたメールを1通送るだけで、受信者の機密メールをAIが自動的に要約して攻撃者に転送できた。クリックも操作も不要——メールが届いた時点で攻撃が完了する「ゼロクリック型」だった。
GitHub、Microsoft——誰もが知る大手のAI機能で、同じ手口による穴が相次いで見つかっている。これは特定の製品の作り込みミスではなく、AIエージェントという仕組みが構造的に抱える弱点だ。AIは「正規の権限を持った操作者」として動く。だから従来の防壁が機能しない。
提携拡大で何が変わるか
構造的な弱点には、構造的な対処が必要だ。コグニザントとCrowdStrikeが統合するのは、その前提に立った仕組みだ。CrowdStrikeのセキュリティ基盤「Falconプラットフォーム」をコグニザントのAI開発・運用基盤「AI Factory」に組み込み、AIシステムを設計の段階から守る体制をつくる。機能の核は三つある。
1800超のAIアプリを可視化
守るためには、まず「何がある」かを知らなければならない。Falconプラットフォームは、社内ネットワーク上で動いているAIアプリケーションを1,800種類以上、自動で検知する。IT部門が把握していないシャドーAIもここで浮かび上がる。どのデータにアクセスしているか、誰が使っているかまで確認できる。「禁止する」のではなく「見える」状態にすること——セキュリティの起点はここだ。
攻撃を30ミリ秒で止める
AIを悪用した攻撃が22秒で完了するのに対し、Falconプラットフォームの自動遮断にかかる時間は30ミリ秒——0.03秒だ。脅威を検知した瞬間に、人間の判断を挟まずシステムが止める。この差を埋めるのが、機械が機械を守るという発想だ。
| 時間 | |
|---|---|
| 攻撃の完了 | 22秒 |
| Falconの自動遮断 | 30ミリ秒(0.03秒) |
規制業界向けの主権型保護
金融機関や医療機関には、顧客データを国外のサーバーに送れないという規制がある。EUのGDPR(個人データの域外移転を厳しく制限する欧州規制)、米国のHIPAA(医療情報の管理・移転を定めた連邦法)、各国の金融機関向けシステム管理基準などが代表例だ。クラウド型のセキュリティサービスはデータが海外を経由することが多く、こうした規制への抵触リスクから、AI導入を先送りにしてきた業界は少なくない。
今回の統合ソリューションには、「主権型保護(ソブリンセキュリティ)」と呼ばれる構成が含まれる。データを国境内だけで処理し、各国・地域の規制要件に抵触しない形でAIを守る。GDPR対象の欧州企業やHIPAA対象の米国医療機関のように、「規制対応が間に合わない」を理由にAI活用を止めていた組織も、同じ安全基盤の上に乗れることになる。
AI導入前に確認すべきこと
コグニザントとCrowdStrikeが打ち出した仕組みは、一社のサービスを超えた話を背景に持つ。
AIセキュリティの専門製品・サービスが相次いで登場している事実は、AIを導入してから安全対策を後付けするモデルが限界を迎えたことの証左だ。業界では今、「設計の段階からセキュリティを組み込む」という考え方が前提として語られるようになってきた。
「AIがやったこと」でも企業は責任を問われる。2024年、エア・カナダのAIチャットボットが払い戻し規定を誤って案内し、カナダの裁判所が顧客への損害賠償支払いを命じた。AIの誤作動が法的リスクに直結した事例として、企業のリスク認識を変えた判決だった。
AIの普及速度を考えると、この問題の重さがわかる。ガートナーの予測によると、2026年末には企業向けアプリケーションの40%にAIエージェントが組み込まれる見通しだ。2025年時点では5%未満だった。わずか1年で、攻撃対象となりうる範囲が8倍以上に広がる計算になる。
守る仕組みの標準は、まだ固まっていない。今回のような提携型ソリューションが主流になるのか、それとも別の形が出てくるのか——77%が「対策をやっている」と言いながら実際に動かせているのは26%という現実が、攻撃対象の急拡大とともにどう変わっていくか。その答えはまだ誰も持っていない。
