セルフのガソリンスタンドで給油するとき、ノズルを差し込む前に機械が一瞬だけ止まる。あの間、レジカウンターや監視室のスタッフはカメラで車と客を確認し、手元のボタンを押している。そのボタンを押す行為は、法律が義務づけた「人間による安全確認」だ。この仕組みが、AIに引き継がれることになった。
「AiQ PERMISSION」が全国販売開始、国内初の認定を取得
株式会社ELEMENTSとコスモ石油マーケティングが共同開発したAI監視システム「AiQ PERMISSION(アイキュー パーミッション)」が、2026年5月22日から全国のセルフ式ガソリンスタンド向けに販売を開始した。
「国内初」と言えるのは、政府から安全基準の審査を委ねられた機関から正式な認定を受けた、国内初のシステムだからだ。この認定がなければ現場への導入は認められない。
AIが担うのは、人間の監視員がやっていた判断そのものだ。カメラ映像をリアルタイムで解析し、ノズルが正しく給油口に挿入されているか、法律で禁じられたポリタンクへの給油が行われていないか、火気の持ち込みや不審な人の動きがないかを確認する。問題がなければ自動で給油を許可し、危険を検知した瞬間に停止と警告を出す。
積雪地域での実証でも安定した動作が確認されている。「国内初」の認定を取ったということは、裏を返せば、つい最近までAIがこの仕事をすること自体が法律上できなかったことを意味する。
AI監視を可能にした2026年2月の消防法改正
消防法に基づく省令は、セルフ式ガソリンスタンドの監視について「従業員が監視し、給油許可の操作を行うこと」を義務づけていた。あのボタンを押す人間が、法律上の「安全装置」として位置づけられていたのだ。だからAIカメラの精度がどれだけ向上しても、制度が変わらない限り導入できなかった。できなかったのではなく、してはいけなかった。
2026年2月28日、消防庁が省令を改正した。国が定めた安全基準を満たしたAIシステム——省令では「条件付自動制御装置」と呼ぶ——であれば、人間の代わりに給油許可の判断を下してよい。法律がそれを認めた。
ただし条件がある。AIが判断に迷う場面では、遠隔の人間に引き継ぐことが義務づけられている。完全な無人化ではなく、「AIが判断できるうちはAI、判断できなければ人間」という設計だ。
求人倍率6倍超・給油所半減——AI無人化が必然となった業界の現実
法律が変わったのは、技術が進歩したからだけではない。変えなければ、ガソリンスタンドという社会インフラそのものが維持できなくなっていた。
国内の給油所数は1994年度末に60,421か所あった。それが2024年度末には27,009か所——30年で半数以下だ。廃業が相次いだ理由はひとつではないが、今残っている店が直面している問題は明確だ。人が来ない。
ガソリンスタンドの現場職の有効求人倍率は、地域によっては6倍を超える。つまり、働き手1人に対して6つの求人がある状態だ。全国平均の1.18倍と比べれば、その深刻さが分かる。店はあっても、監視カウンターに座る人間を確保できない。
問題はさらに連鎖する。店が閉まれば、その地域から給油できる場所が消える。都市部なら次の店まで数キロ先で済む話だが、過疎地では事情が違う。車でしか動けない地域で、その車に燃料を入れる場所がなくなる。「ガソリンスタンドの空白地帯」と呼ばれる問題が、地方では現実に広がっている。
AI監視システムの普及は、技術トレンドの話ではない。スタッフがモニター前への張り付きから解放されれば、洗車やカーメンテナンスといった別の業務を担える。それよりも根本的な意味がある——そもそも人を集めることが難しい地域でも、店を開け続けるための手段だ。
ENEOSも参入、業界が「人の目」から「AIの目」へ一斉シフト
この危機感は業界全体で共有されていた。だからこそ、法改正から間を置かず大手が一斉に動いた。
AiQ PERMISSIONはコスモ石油マーケティングとの共同開発だが、その販売先はコスモ石油の系列店に限らない。全国のセルフ式給油所が対象だ。自社の課題を解くために作ったシステムを、同じ問題を抱える業界全体に提供する——この選択が、人手不足という問題が業界共通の現実であることを示している。
ENEOSはさらに早くから準備していた。2018年から官民合同の検討会に参加し、8年間にわたって技術実証を積み重ねてきた。そして2026年2月の法改正からわずか2か月後の4月22日、全国の給油所へのAI自動給油監視システムの導入開始を発表した。
コスモ石油陣営がシステムを市場に出し、ENEOSが独自に動いた。業界を代表する2社が、法改正からほぼ同時期に、それぞれの判断で同じ方向へ踏み出した。2社が同時に舵を切ったということは、この方向以外に選択肢がないという判断が業界全体で共有されていることを示している。
当面の姿は「完全無人」ではない。夜間はAIが監視し、昼間は人間が対応する——時間帯によって担い手が変わる運用から始まる見込みだ。利用者がこの変化に最初に気づくのは、深夜のガソリンスタンドかもしれない。カウンターに人の姿がなくても、給油が始まる。30年で半数以下に減った給油所が、そうやって生き残りの形を探している。
