2026年6月5日、トランプ大統領が署名した一枚の覚書が、AIをめぐる企業と政府の立場を塗り替えた。「うちの技術を兵器に使うな」——AI企業がそう言える権利は、この日から契約の文言によって封じられることになった。
企業によるAI停止を契約で禁じる
正式名称は「国家安全保障大統領覚書第11号(NSPM-11)」。即日発効のこの覚書が禁じているのは、軍や情報機関が使うAIを、開発企業が政府の許可なく「停止・機能低下・変更」することだ。倫理的な理由があっても、例外はない。
これまでAI企業は、自社の技術が人命に関わる判断や大規模な監視に使われると判断したとき、サービスを止める権限を持っていた。その権限が、契約条項ひとつで消えた。
覚書の署名と前後して、SpaceX・OpenAI・Google・NVIDIA・Microsoft・AWS・Reflection AI(軍向けAIシステムを手がけるスタートアップ)・Oracleの8社が、軍の最高機密ネットワーク(「IL6/IL7」と呼ばれる、通常のインターネットと切り離された極秘通信基盤)でのAI展開に合意している。国防長官のピート・ヘグセスが交渉を主導した。これは「これから決まる話」ではない——8社はすでに合意を終えている。
バイデン前政権のAI政策(NSM-25)は、この覚書によって廃止された。
| 覚書前 | 覚書後 |
|---|---|
| 企業が倫理的理由でサービスを停止可能 | 政府許可なしの停止禁止(倫理的理由も不可) |
60日以内の条件承諾を義務付け
覚書は時間的な縛りも課している。政府の新しいAI調達条項では、契約企業に対して60日以内の条件承諾を求める。承諾を拒めば政府調達の資格を失う「諾否二択」の形式だ。さらに覚書は、AIの能力が段階的に向上するたびに、軍の運用ルールをすみやかに更新する体制を企業・政府双方に求めている。技術の進化を、軍の現場にそのまま流し込む仕組みだ。
Anthropicの拒否が引き金になった
この覚書には前史がある。ある企業が軍に「ノー」と言ったことが、すべての始まりだった。
倫理条項の削除要求と、その後
Anthropic(AIアシスタント「Claude(クロード)」を開発した米AI企業)がペンタゴンとの2億ドルの契約交渉で求められたのは、「自律型兵器への転用禁止」「国民監視への使用禁止」という条項の削除だった。自律型兵器とは、AIが人間の指示なしに攻撃対象を選んで実行するシステムのことだ——標的を自動で特定して攻撃するドローンがその代表例といえる。「Claude(クロード)」がそうした用途や市民の大規模追跡に使われないための文言——それを守ることを選んだ結果が、2026年2月27日の調達禁止指定だ。「国家安全保障上のサプライチェーン・リスク」という名目で、連邦全機関での調達禁止が発令された。
政府は排除、OpenAIと明暗
Anthropicが去ると同時に、競合のOpenAI(ChatGPT開発元)が動いた。ペンタゴンと締結した同規模の契約の条件は「すべての合法的な目的での使用を認める」というものだった。Anthropicが拒み続けた倫理的な縛りは、OpenAIとの契約書に存在しない。倫理的な抵抗は、代替が利く——この覚書はその現実を前提にしている。
提訴中に覚書で「答え」を示す
Anthropicは連邦裁判所に訴えた。指定は「不当な報復」だという主張だった。2026年4月、D.C.連邦控訴裁判所(首都ワシントンD.C.を管轄する連邦の上訴裁判所)は申し立てを棄却した。「損害は主に経済的なものであり、国家安全保障の必要性が優先される」という判断だった。
裁判がまだ続く2026年6月5日、NSPM-11が署名された。係争の最中に、政府は法廷の外で政策として「答え」を出した。倫理を理由にAIサービスを停止する選択肢は、今後の契約条項によって封じられることが確定した。
企業が倫理的なブレーキを持つという前提を、国家が契約で上書きした——Anthropicの一つの「ノー」が、その扉を閉じる引き金になった。では、AIの暴走を止めるブレーキを踏む役は、誰が担うのか。
