電通グループが、マーケティング業務を支援するAIの新しい基盤を2026年5月25日に発表した。名称は「AI For Growth 3.0」。「3.0」が示す変化は、AIツールの追加ではない。AIの使い方そのものを一段階変えようとする宣言だ。
汎用AIから専門AI集団へ、3.0に刷新
発表したのは電通、電通デジタル、電通総研、イグニション・ポイントの国内電通グループ4社。同日一斉に行われた。
これまでのAI活用は「AIに聞いて、人間が判断する」サイクルだった。ChatGPTのような汎用AI——なんでも答えてくれるが専門家ではないAI——に質問し、出てきた回答を人間が吟味して次の工程に渡す。AIは優秀なアシスタントだが、あくまで道具であり、工程をつないでいたのは人間だ。
3.0が目指すのはその先だ。調査を担うAI、戦略を立てるAI、クリエイティブを生成するAI——それぞれが専門の役割を持ち、人間が間に入らなくても互いに仕事を引き継いでいく。電通グループはこれを「AIの集団が実務を担うフェーズ」への移行として位置づけている。
マーケ全工程に10種の専門AIを配置
その「専門AI集団」が動く場所が、中核プラットフォーム「Canvas」だ。電通グループの統合AIプロダクト「AI For Growth Suite」の土台となるサービスで、マーケティングの全7工程——調査から戦略立案、アイデア出し、メディアプランニングまで——をカバーする10種の専門AIが組み込まれている。
各AIは1つの業務だけを深く担う「その道の専門家」として設計されている。戦略立案を担うAIはターゲット設定や訴求軸の候補を複数パターン自動で生成し、担当者が選ぶ形で使う。アイデアを量産するAI、広告の配信先と配分を考えるメディアプランニング専用のAI、消費者調査に特化したAIなど——ChatGPTのような汎用AIにまとめて問い合わせるのとは異なり、工程ごとに役割が切り分けられている。
提供の形式はSaaS——つまり月額料金を払えばウェブ上で使えるサービスとして、電通グループ外の企業にも販売される。電通の社内ツールを外に出すわけではなく、最初から「売り物」として設計された基盤だ。具体的な料金体系や提供開始時期は、発表時点では公表されていない。すでに自社のAIツールを導入している企業向けには、API連携——既存のシステムとデータをやり取りする接続口——も用意されている。自社のツールを捨てずに組み合わせて使える。
AIが自律的にチームを組む業界初の基盤
専門AIが10種類ある——それだけなら、よくある「AIツールパック」と変わらない。電通グループが「3.0」で本当に変えようとしているのは、AIどうしのつなぎ方だ。
各工程のAIが共通ルールで動く
10種の専門AIを束ねる仕組みとして、電通グループが開発したのが「Marketing Agent Protocol」だ。プロトコルとは「AIとAIが仕事を引き継ぐための共通ルール」と考えればいい。
このプロトコルがあると、調査AIが出した結果を、戦略AIが直接受け取って次の判断に使える。人間が間に入らなくても、AIが次のAIに「バトンを渡せる」状態を作った。電通グループは自社発表でこれをマーケティング分野では業界初と位置づけているが、独立した第三者機関による検証は示されていない。
AIが実行前にシナリオを予測
この基盤に組み込まれたもう一つの仕組みが「PSDCAモデル」だ。従来のPDCAサイクルの「Plan(計画)」の前に「S(Simulation=シミュレーション)」を挟む設計で、AIが実行前に「この施策を打ったら、こうなりそう」という複数のパターンを予測してから計画に入る。やってみたら想定外だった、という手戻りを事前に減らす。
AIが自分で次のAIに仕事を渡し、実行前に結果まで予測する。電通グループが「3.0」と呼ぶ理由は、ツールの数ではなく、こうした動き方の変化にある。
1億人ペルソナが支える精度
構想を語るのは簡単だ。実際に動くのかという問いに、電通グループが持ち出すのが自社で積み上げてきた数字だ。
1億人規模のAIペルソナを生成
電通独自の「People Model」は、年2回実施する約15万人への調査データをAIに学習させ、国内1億人規模の仮想的な生活者像を再現するモデルだ。
ここで重要なのは精度だ。AIペルソナへの仮想調査と、実際に人間に聞いた調査の結果がどれだけ一致するか——その一致度を示す数値(相関係数)で、People Modelは0.8を達成している。0が「まったく一致しない」、1.0が「完全一致」。一般的なAIは0.47程度にとどまる。電通が独自の追加学習を重ねた結果、実際の調査と8割一致する水準まで引き上げた。
AIペルソナに仮想インタビュー
このPeople Modelを基盤に、電通は750パターンの「特化型AIペルソナ」を開発したとしている。「時短志向の共働き夫婦」「教育投資に関心の高い家族」といった具体的な人物像だ。パターンの設計軸や対象地域(日本市場限定かグローバルを含むか)は、発表時点では明らかにされていない。
従来、「この層にどう訴求すべきか」を確かめるには、対象者を集め、アンケートを設計し、回収・分析するまで数週間かかることもあった。費用と時間の壁が調査の頻度と深さを制約していた。
AIペルソナはその制約を取り除く。「時短志向の共働き夫婦はこの商品をどう見るか」と入力すれば、24時間いつでも回答が返ってくる。dentsu UKでは同様の手法を先行試験し、意味のあるリーチが最大60%向上したと電通グループは報告している。ただし、試験の対象商材・期間・調査設計の詳細は公表されておらず、「最大」という限定付きの数値である点には注意が必要だ。
外販の前に自社で使い込んだ
こうした仕組みを、電通グループはまず自社内で先行して使ってきた。dentsu Japanは2025年に10.7万時間の業務時間を効率化したと公表しており、2026年は年間20万時間超の達成を目標に掲げている。外販に踏み出す前に、自分たちが先に使い込んで効果を確かめた格好だ。支援体制として約1,000名の専門人員を擁するdentsu Japan AIセンターが、導入企業への実装を担う。
一方で、「最終判断は人間が行う」という原則は変えていない。AIガバナンスコミッティという審査体制を設け、AIが出した結論を人間が確認するプロセスを残している。「AIが自律的に連携する」とは、すべてをAIに委ねることではなく、人間の判断を前に置いたまま工程の速度を上げること——少なくとも現時点では、電通グループはそう定義している。
