2026年5月1日、アメリカ国防総省(通称ペンタゴン)が、OpenAIやGoogleなど主要なAI企業7社と契約を結んだ。内容は単なるビジネス上の提携ではない——軍の最高機密を扱うシステムで、AIを動かすための正式な取り決めだ。そしてその7社のリストに、ある企業の名前だけが入っていなかった。
ペンタゴンが7社と機密AIの利用契約を締結
今回契約を結んだのは、Google・Microsoft・AWS(アマゾンのクラウド部門)・Nvidia・OpenAI・SpaceX、そして新興AI企業のReflection AIの7社だ。契約の総額や各社の個別規模は機密扱いで公開されていないが、軍の職員や文官スタッフ合わせて130万人が利用するAIプラットフォーム「GenAI.mil」を軸にした本格導入にあたる——国防省が運用を始めてわずか5か月での数字だ。
これらの企業のAIが動かされるのは「IL6」「IL7」と呼ばれる軍の専用ネットワーク——機密や最高機密に指定された情報だけを扱う、インターネットから切り離されたシステムだ。戦争に関わる情報が処理される場所に、民間企業のAIが正式に組み込まれることになる。
7社の顔ぶれの中で目を引くのがReflection AIだ。創業間もない新興企業ながら、ドナルド・トランプ・ジュニアがパートナーを務めるベンチャーキャピタル「1789 Capital」から20億ドルの出資を受けている。
この7社に、Anthropic(アンソロピック)は含まれていない。OpenAIと並ぶ米国の主要なAI開発企業で、「Claude(クロード)」と呼ばれるAIを手がけている会社だ。
契約条件——自律型兵器への人間監視を義務化
契約の条件を読むと、一見まともなルールが並んでいる。AIが戦場で使われる以上、人間が最後の判断を握る——その原則は、文書の中に確かに書き込まれた。
AIが動くミッションには人間の関与を義務化
契約が定めた最も重要な条件は、「AIが自律的に、または人間の関与が薄い形で動くミッションでは、人間が最終的な制御権を持たなければならない」というものだ。自律型兵器とは、人間が一々指示を出さなくても、自分で標的を見つけて攻撃できるシステムのこと。今回の契約は、その一歩手前の判断——誰を、いつ、どう攻撃するか——は人間が下すと定めた。
だが、同じ契約書にもう一つの条項が並んでいる。「企業側は、政府が合法と判断した目的での使用に異議を申し立てることができない」という一文だ。つまり、AIをどう使うかは政府が決める。企業はその判断に従うしかない。人間の監視を義務化した条件と、企業はNoと言えないという条件が、一枚の文書の中に共存している。
現実はすでに先を行っている。ドローン攻撃の標的特定には80%でAIが使われているとされる。AIが候補リストを出し、人間がそれを「承認」する形を取っていても——提案にそのまま従うなら、実質的にAIが決めているのと変わらない。
大規模監視と憲法上の権利侵害を禁止
契約にはもう一つ、禁止事項が明記された。米国内での大規模な市民監視への転用、そして合衆国憲法が保障する権利を侵害する目的での使用は認めない——という条件だ。これまで軍が民間企業のAIを使う際、こうした制約が文書で明記されることは珍しかった。その点では、今回の契約は過去より踏み込んでいる。
ただ、ルールを書くことと、ルールが守られることは別だ。書面にルールは刻まれた。問題は、そのルールがAnthropicには「不十分」と映ったことだ。
AnthropicだけがNoと言い、製品使用まで禁止に
独自の厳格な制限を求めて交渉決裂
7社がすべて受け入れた契約条件を、Anthropicは受け入れなかった。
理由は「ルールが緩すぎる」というものだった。Anthropicは交渉の中で、自社が定めた独自の安全指針を契約に盛り込むよう求めた——自律型兵器や大規模な市民監視に、自社のAI「Claude」を転用させないというルールだ。他の6社は、こうした追加条件を要求しなかった。
国防省の答えはNoだった。政府側のロジックを代弁したのは、国防省のCTO(最高技術責任者)の言葉だ。「民間企業が自分のルールを、国の安全保障上の判断より上に置くのは非民主的だ」。国の安全保障に関わる決定は、選挙で選ばれた政府が下すべきものだ——それが政府側の論理だった。
Anthropicの主張は正反対だ。自社のAIが誰を傷つけるかを企業が最低限コントロールできなければ、「安全なAI開発」という自社の存在意義が成り立たない。どちらの言い分にも筋は通っている。
「サプライチェーンリスク」認定——排除から提訴、そして逆説へ
交渉が決裂した後、国防省は一歩踏み込んだ。
ヘグセス国防長官がAnthropicを「サプライチェーンリスク」に正式認定した。サプライチェーンとは「供給網」のこと——軍が調達するシステムや部品の連鎖を指す言葉だ。この指定は国防調達規則(DFARS)に基づく措置で、通常は中国製半導体や外国製ソフトウェアなど安全保障上の懸念がある製品に適用されてきた。民間のAIモデルベンダーへの適用は前例がほとんどない。この措置により、米軍と、軍と取引するすべての請負業者が、AnthropicのAI製品を一切使用できなくなる。
Anthropicはこれを「報復だ」として提訴した。条件を要求したことへの制裁だという主張だ。
この出来事には、記録しておくべき事実がある。Anthropicが契約から排除されたその同じ日、OpenAIはペンタゴンと正式に機密AI契約を締結した。OpenAIは「いかなる合法的な目的にも使える」という条件を受け入れ、機密情報の処理と標的支援への提供を開始した。条件を拒んだ企業が排除され、条件を丸呑みした企業が契約した——同じ日に、だ。
もう一点。国防省はClaudeの使用を禁じた後も、Anthropicが政府向けに開発しているとされる特化モデル「Mythos(ミュトス)」への関心を示し続けている。排除した企業の次の技術を欲しがりながら、その企業とは契約しない——その状態が今も続いている。
「人間の監視」は機能するか
「企業は政府の判断を拒否できない」——この条項が契約に入っている以上、「人間の監視」という条件を誰が守らせるのかという問いが残る。違反があっても、企業側には異議を申し立てる手段がない。書面上のルールは、それを執行できる主体がいて初めて意味を持つ。
現場ではすでに別の現実がある。「Project Maven(プロジェクト・メイブン)」と呼ばれる国防省のAI活用プログラムを通じて、ドローン攻撃における標的特定へのAI活用は急速に広まっている。指揮官の前に届くのは、AIが選び出した攻撃対象のリストだ。そのリストを人間が「承認」する形を取っていても、「意味のある人間による関与」が実際に機能しているかどうかは、契約書を読んでも分からない。
反発は契約書の外でも起きている。Google社員600人超がプロジェクトへの参加に反対を表明し、OpenAIの軍事利用に抗議するボイコット運動も広がった。だが、トランプ政権は「自律型兵器で米国が世界をリードする」と明言しており、流れは止まっていない。
AIが戦場で何をしていいかを決めるルールを誰がどう作るのか。国連ではその国際条約の議論が続くが、米中が合意に至る見通しは現時点では立っていない。
