抗生物質が効かない細菌が、世界中で増えている。有効な抗生物質が尽きた患者を前に、医師が「あとは祈るしかない」という状況が現実に起きている。その突破口を探していた研究者たちが2025年9月、一つの答えを出した——AIがウイルスのDNAを丸ごと設計し、薬が効かない菌を全滅させることに成功した。成果はArc研究所(カリフォルニア州)とスタンフォード大学の共同研究チームによって発表された。
AIがゼロからDNAを書いた
Arc研究所とスタンフォード大学の研究チームがやったことは、前提を覆すものだった。患者の菌に効くウイルスを自然界から探すのではなく、AIにDNAの設計図を丸ごと書かせる——この世に存在しなかったウイルスをゼロから設計した。
その標的になったのが、細菌だけを狙い撃ちして殺すウイルス、バクテリオファージ(通称「ファージ」)だ。人体には無害で、ターゲットの細菌にだけ感染して内側から破壊する。抗生物質が効かない菌にも効く可能性があり、研究者が「薬の次の候補」として注目してきた存在だ。だが自然界のファージを探し出すには、何年もかかることがある。狙った細菌に「合う」ファージが見つからないまま治療の機会を失うケースも珍しくない。AIは、その時間を圧縮した。
テキストAIと同じ仕組み
チームが使ったのは「Evo 2」と呼ばれるAIモデルだ。約200万種のウイルスゲノムのデータを読み込んで訓練されている。ゲノムとはDNAに刻まれた生命の設計図のことで、A・T・G・Cという4種類の「塩基」が何千〜何百万個と並んだ文字列だ。
Evo 2がやることは、ChatGPTが文章を書くのと原理が同じだ。「次の単語は何が来るか」を予測して文章を生成するように、Evo 2は「次の塩基は何が来るか」を予測しながらDNA配列を生成する。出力されるのは言葉ではなく、生命を動かす設計図だ。
研究チームはΦX174(ファイ・エックス174)という小型のファージをモデルに選んだ。ゲノムが約5400塩基と極めて小さく、AI設計の出発点として扱いやすいウイルスだ。ウイルスの外側を包む「タンパク質の殻」の形だけを条件としてEvo 2に与え、その中に収まるDNA配列全体をゼロから書かせた。
302候補中16種が生存
Evo 2が生成したDNA配列のうち、302パターンを実際に化学合成して細菌に投与した。本当に細菌に感染して内側から破壊できた——「生きたウイルスとして機能した」のは16種類だった。成功率にして約5.3%だ。
5%は低く聞こえるかもしれない。だが文脈を置き換えると意味が変わる。ゼロから書いたDNA配列が、生物として動き出す。従来の探索法では自然界を何年も調べて1種類見つかるかどうかの世界で、AIは数週間で302パターンを設計し、16種類を動かした。しかも「動いた」だけではなかった——その中の一つは、自然界のウイルスをはるかに超える力を持っていた。
天然を超えた合成ウイルスの実力
6時間で65倍の増殖力
16種のうち、最も突出した成績を収めたのが「Evo-Φ69」と名付けられた合成ウイルスだ。天然の野生型ウイルスと同じ環境に放った実験で、Evo-Φ69は6時間後に65倍の増殖を記録した。
増殖の速さは治療において直接、生死に関わる。ウイルスが細菌より先に増えなければ、細菌が体内で優勢を保ち続ける。Evo-Φ69は天然ウイルスをはるかに上回るスピードで細菌に入り込み、内側から爆発的に数を増やした。
なぜ自然界で生まれなかったウイルスが、数十億年の進化を経た天然ウイルスを超えたのか。鍵は設計の自由度にある。自然の進化は「突然変異→淘汰」の繰り返しで、一度に変えられる幅は小さい。AIにその制約はない。Evo 2は遺伝子の並び順を大胆に入れ替えるなど、人間の研究者が過去に試みて失敗してきた構造変更を成立させた。自然が億年単位で試すことのなかった配置を、計算で実現した。
耐性菌3株すべてを撃破
研究チームは大腸菌の薬剤耐性株——抗生物質が効かない菌——3系統を用意し、天然ウイルスと合成ウイルスの両方をぶつけた。天然のファージは3株のいずれにも有効ではなかった。Evo-Φ69は3株すべてを死滅させた。
こうした薬剤耐性菌による感染症は、年間127万人以上の命を奪っている。新しい抗生物質の開発は30年以上停滞しており、有望な候補が患者の手に届くまで10年以上かかる。その袋小路の中で、「天然ウイルスが歯の立たなかった菌を、AIが設計したウイルスが全滅させた」という結果が出た。
悪用リスクという影
天然ウイルスと配列が大きく異なることが、Evo-Φ69の強みだった。同じ特徴が、別の問題を生み出している。
現在の生物安全検知システムは、既知のウイルスや毒性タンパク質の配列と照合して危険なものを弾く仕組みだ。自然界に存在しない配列は、この「照合リスト」に載っていない。AIが生成した配列が既存の安全フィルタをすり抜けるリスクは、研究者の間で繰り返し指摘されている。実際にある調査では、AI生成の毒性タンパク質の70%が既存のスクリーニングフィルタを通過したという結果が出ている。DNA合成——設計図通りの塩基配列を化学的に作り出すサービスで、研究機関が日常的に利用している——においても、AI生成配列への対応が追いついていないという懸念が出ている。
英国と米国は対応を始めている。両国の政府機関を通じ、DNA合成企業が行うべきスクリーニング基準の更新を進めている。ただし国際的な統一ルールはまだない。技術の進歩に規制の整備が追いついていない状態が続いている。
医療の先へ
研究チームは論文の中で、次のステップとしてゲノム設計技術を細菌そのものへ応用する可能性に言及している。プラスチックを分解したり、薬の成分を製造したりするために設計された人工生命体の開発だ。ゲノムを丸ごと書く技術が細菌にも適用されれば、医療にとどまらず環境問題や製造業にも波及する。今回の成果は、その技術の最初の実証として位置づけられている。
AIが書いたDNAから生まれたウイルスが、自然界の産物を超えた。その事実が確認された以上、「設計する時代」はすでに始まっている。
