サイバーセキュリティの専門家1人を採用するために、42社が競い合っている。2025年末時点の転職市場の数字だ。不正アクセスや情報漏洩から企業を守る人材が、日本でこれほど枯渇している。
セキュリティ求人は42倍に達した
転職サービスのレバテックが2026年1月に発表した調査によると、セキュリティ関連の正社員求人倍率は42.6倍。ITエンジニア全体の平均10.4倍と比べても、4倍以上の開きがある。
42社以上が1人の専門家に「来てほしい」と声をかける状態だ。候補者は「受かるかどうか」ではなく「どこに行くか」を選ぶ立場にある。企業が人を選ぶのではなく、人が企業を選ぶ市場になっている。
求人2.5倍でも11万人が不足
この3年間で、セキュリティ関連の求人数はおよそ2.5倍に膨らんだ。企業が本腰を入れて採用に動き始めたのは事実だ。それでも不足は解消しない。IPA(情報処理推進機構)の調査では、国内で約11万人のセキュリティ人材が不足しているとされる。
求人を増やしても、対応できる人間が育っていないからだ。採用競争が激しくなるほど、限られた専門家は少数の企業に集中し、全体の穴は埋まらない。
AI攻撃が需要を押し上げる
需要が跳ね上がった背景には、攻撃の変化がある。
これまでのサイバー攻撃にはある程度のパターンがあった。偽のメールで情報を騙し取るフィッシングにせよ、システムへの不正侵入にせよ、防御側はパターンを覚えることで対策を積み重ねてきた。だが攻撃する側もAIを使い始め、毎回異なる手口で、より速く、より精巧に仕掛けてくるようになった。
守る側に必要なスキルの水準が、上がり続けている。ISC2(国際的なセキュリティ資格の認定機関)が2025年に公表した「サイバーセキュリティ・ワークフォーススタディ2025」では、世界の組織の95%がサイバーセキュリティのスキル不足を認めている。もはや頭数を増やすだけでは解決しない段階に入っている。
日本でも、求人は増え、攻撃は高度化し、育てる仕組みが追いつかない。この構造的な人材不足に、ある外資系大学が動き出した。
東京・麻布台に拠点を置くテンプル大学ジャパンキャンパス(TUJ)は、米国の大学が日本に設けた正規校だ。日本にいながら米国式の学位を取れる、国内では数少ない教育機関の一つである。このTUJが2026年6月に公式に発表し、秋学期からサイバーセキュリティ学科を開設する。
TUJが2026年秋、3学科を揃えた
2か月で3学科が揃った
発表の流れは速かった。2026年4月にAI学科の新設を発表し、それからわずか2か月後の6月にサイバーセキュリティ学科とデータサイエンス資格課程の追加を公式発表した。
これで2026年秋から、コンピュータサイエンス・AI・サイバーセキュリティの3学科が出揃う。大学の学科新設は通常、数年単位の準備が必要とされる。それを2か月で一気に揃えた。
サイバーセキュリティ学科は4年制で、卒業すれば米国式の学士号(B.S. in Cybersecurity)が取得できる。カリキュラムはデジタルフォレンジック(デジタル機器に残った証拠を解析する技術)、エシカルハッキング(攻撃者の手口を使って自社の弱点を探す正規の手法)、ネットワーク保護といった実務直結の内容で構成される。同時に発表されたデータサイエンス資格課程は、学位ではなく資格取得を目的としたプログラムだ。ビッグデータや機械学習を扱い、在職中の社会人を主な対象として設計されている。
この拡充に踏み切った裏には、すでに動き始めていた需要がある。TUJでコンピュータサイエンス学科は、かつて首位だった国際ビジネス学科を抜いて学内最人気専攻となった。学部課程の在籍者数もこの5年で約3倍に増え、3,500人を超えている。「文系からIT系へ」という学生の志向の変化が、TUJの中でも数字として現れていた。急な拡充ではなく、確認済みの需要の上に学科を乗せた形だ。
2026年秋に入学した学生が卒業するのは、最短で2030年だ。11万人の不足が4年で埋まるとは、誰も思っていない。ただ、この市場に対して本格的な4年制学位プログラムが動き出したことの意味は小さくない。
42社が1人を奪い合う競争に、専門学位を持って飛び込む——その立場がどういうものかは、求人倍率42.6倍という数字が既に示している。
