大阪府堺市が、市内の小中学校すべてにAIを使った教育支援システムを導入した。対象は140校、子どもはおよそ6万人。2026年3月に始まった、5年間の契約だ。
堺市140校、5年一括でAI全校導入
導入したのは「ClassCloud(クラスクラウド)」という教育支援システムだ。授業中に困っている子どもをリアルタイムで見つけ出す機能から、通知表の下書きを自動でつくる機能まで、ひとつのシステムにまとめている。開発・提供しているのは株式会社Mikulak(ミクラク)だ。
堺市のような政令指定都市——大阪市や横浜市と並ぶ規模の自治体——が、管内の学校をまるごと5年の一括契約で切り替えるのは、国内でもほぼ前例がない。対象は小学校・中学校・特別支援学校を含む140校、教職員も約5千人が使う。契約金額は堺市から公表されていない。試験的な導入ではなく、学校のインフラとして組み込む選択だ。
国が数年前に全国の小中学生へ1人1台タブレットを配った「GIGAスクール構想」の、その端末の更新時期と重なるかたちで、堺市はシステムごと刷新する判断を下した。
授業中、見えなかった子をAIが拾う
30人の子どもが並ぶ教室で、先生が一度に把握できる子の数はごく限られる。手を挙げる子は目に入る。でも、黙って止まっている子、何度も書いては消している子は、声をかけてもらえないまま授業が終わることが多かった。
ClassCloudのAIは、タブレット上の動きをリアルタイムで見ている。書く手が止まった、同じ箇所を何度も消して書き直している——そういった「つまずきのサイン」を拾い、教員のダッシュボードに知らせる。先生の手元の画面に「今、この子が困っています」という通知が届く仕組みだ。クラス全体の状況はデジタルホワイトボードやダッシュボードで一覧できる。これが、教育現場でいう「見取り」——子どもの状態を読み取ること——をAIが補う、という意味だ。
手が止まった子にAIがヒント
ただし、AIが出てきて「正解はこれだよ」と教えるわけではない。「こんな考え方もあるよ」「まずこっちを試してみたら?」といったヒントや問いかけを自動で提示して、子ども自身に考えさせる。黙って止まっていた子が、自分のペースで動き出せるようにする。
急な落ち込みを先生に即アラート
学習のつまずきだけでなく、気持ちの変化も検知する機能がある。子どもが毎朝タブレットに入力する短いアンケートや、その日の学習への取り組み方の変化をAIが分析し、「いつもと様子が違う」と判断した場合に先生へアラートを出す。
体調不良のサインかもしれないし、何か気になることを抱えているサインかもしれない。先生がそれに気づいて話しかけられるかどうかは、これまで担任の経験と勘に頼るしかなかった。それを、データとして浮かび上がらせる。
子どものデータはどう扱われるか
授業中の操作履歴から毎朝のアンケートまで、日常的に蓄積される子どものデータをどう扱うかは、保護者として当然気になる点だ。収集されたデータの管理主体は堺市教育委員会となり、Mikulakとの契約のもとで運用される。学校が扱う子どもの個人情報は個人情報保護法の対象で、目的外の利用や第三者への提供は原則として制限される。ただし、保護者への説明や同意取得の具体的な方法、データの保存期間については堺市から公表されていない。これほどの規模で子どもの日常データを長期にわたって蓄積するにあたり、保護者への丁寧な説明と透明性の確保は、今後の課題として残っている。
教員の所見作成、時間が10分の1に
通知表に書く「この子はこんなふうに成長しました」というコメントを、所見という。1人の子どもについて書くのに、従来は100分ほどかかっていた。クラスに30人いれば、それだけで50時間を超える。学期末のたびに繰り返される作業だ。
ClassCloudはその時間を、約10分に変えた。
AIが成果物から所見案を生成
AIが変えたのは、先生が「1から書く」必要をなくしたことだ。子どもが日々タブレットに残す学習の記録——授業の振り返りのコメント、課題への取り組み方、理解度の変化——を、AIが学習履歴として積み上げて読んでいる。学期末になると、その記録から所見の下書きを自動でつくってくれる。
先生がすることは、出てきた下書きを読んで、確認し、必要なら言葉を足したり直したりすること。それだけになった。
浮いた90分の使い道は、単純だ。子どもと話す。授業の準備をする。「書類仕事に追われて子どもと向き合えない」——教育現場でずっと言われてきたこの矛盾が、少し解消される。時短は手段であって、目的は先生の時間の使い方を変えることだ。
評価の精度も、AIが底上げする
時間が短くなる一方で、評価の中身が薄くなるわけではない。先生が「あの子はどんな子だったっけ」と記憶を手繰らなくても、学期を通じたデータが文章の裏に積み上がっている。感覚と経験だけに頼っていた評価の仕事に、記録という裏付けが加わる。
先生が評価するための材料を、AIが用意する。授業中に困っている子を見つけるのも、学期末に所見の下書きをつくるのも、同じひとつのシステムが担っている。子どもの変化と先生の変化は、地続きだ。
文部科学省が2025年度に実施した「学校における教育の情報化の実態等に関する調査」では、生成AIを校務に活用している学校の98.9%が「教職員の働き方の改善に効果があった」と回答している。堺市だけが感じている変化ではない。ただ、これほどの規模で、5年という期間を一括でコミットした自治体は、国内でまだほとんどない。
