6月18日、アリババクラウドが東京に5カ所目のデータセンターを開いた。前の拠点が動き始めてから、90日だった。
3カ月で5拠点目、急ピッチ拡張の背景
90日で次の拠点が動いた
データセンターは、建物を建てれば完成するわけではない。安定した大量の電力、熱を排出する冷却設備、外部とつながる通信回線——これらをすべて整えなければ動かない。計画から稼働まで数年かかることが普通のインフラだ。
それを、アリババクラウドは3カ月でやっている。2026年3月に日本4カ所目の拠点を立ち上げ、6月18日に東京で5カ所目が動いた。今回の投資規模や日本での展開経緯の詳細は公表されていないが、アマゾン(AWS)やマイクロソフト(Azure)のクラウドサービスがすでに日本に複数の拠点を持ち、豊富な企業実績を積み上げてきた市場で、後発として追いかける姿勢は鮮明だ。
AIエージェント需要が火付け役
このペースの背景にあるのは、企業向けAI需要の急増だ。
中心にあるのが「エージェント型AI」と呼ばれる技術だ。これまでのAIが「聞かれたことに答える」ものだとすれば、エージェント型AIは「一つの指示から複数の仕事を自律的につなげてこなす」ものだ。「来月の売上データをまとめて、問題があれば担当者に連絡しておいて」と伝えれば、集計・分析・連絡まで自分で動く。この働き方を業務に組み込む企業が急速に増えている。
アリババクラウドの日本・韓国担当ゼネラルマネージャー、栗田岳史氏は今回の拡張についてこう説明する。「エージェント型AIの時代に向けたビジネスチャンスを捉えるための布石だ」
調査会社IDC Japanによると、2024年の国内クラウド市場は前年比29.2%増の9兆7,084億円に拡大した。企業のAI・クラウド投資が一斉に加速した結果だ。アリババがデータセンターを急ピッチで増やすのはこの波に乗るためだ。
Model Studio日本解禁、データを日本に置いてAIを使える
データが国外に出ない環境へ
データセンターを急ピッチで増やしている理由は、その中で動かすものがあるからだ。
アリババが今回、日本市場に持ち込んだのが「Model Studio」という基盤だ。企業がAI機能を自社のサービスや業務システムに組み込むときに使う、いわばAI開発の作業台にあたるプラットフォームで、今回から日本のサーバーを通じて利用できるようになった。
これまでは、アリババのAIを使おうとすると、データが一度海外のサーバーを経由していた。そこに大きな壁があった。銀行や証券会社などの金融機関では、個人情報保護法(APPI)や金融庁のガイドラインのもと、顧客の取引情報や個人データの管理に厳格な基準が求められる。業種によっては、データを国外に移転すること自体が規制対応や内部規程上の障壁になる。製造業でも、設計図や生産データを外部のサーバーに送ることをためらう企業は多い。「AIは使いたい、でもデータは外に出せない」——この問題が解消されないかぎり、アリババのAIは規制を抱えた業種には届かなかった。
日本のデータセンターでModel Studioが動くことで、データは日本国内で完結する。ただし、金融・医療分野での本格利用に向けては、保存場所の国内化に加え、各業種が定めるセキュリティ認証や個別の規制要件への対応も別途必要になる。データが「国外に出ない」ことは大きな前進だが、業種ごとの参入ハードルはそれだけではない。アリババは中国企業であり、自社データをどの企業のインフラに預けるかという判断は、企業ごとに別の検討事項として残る。
最新モデルと映像生成AIを提供
Model Studioを通じて使えるAIは、用途別に3種類が揃っている。
業務作業の自動化に向いた「Qwen3.7-Plus」(クウェン)は中心的な存在だ。コードを書いたり、複雑な問題を段階的に推論したりすることが得意で、「データを分析してレポートにまとめ、必要なら担当者に連絡する」といった連続した作業を自動でこなすシステムの構築に向いている。映像制作向けには、テキストや画像から動画クリップを生成する「HappyHorse」も導入済みだ。さらに、文章・画像・音声を横断して扱える次世代モデル「Qwen3.5-Omni」も、まもなく日本でも利用可能になる予定だという。
こうした機能を業務に取り込もうとする日本企業が、業種ごとに動き始めている。
金融・漫画・製造、日本専用の動きが加速
日本語金融モデルと漫画AIで業種に入り込む
電子マンガサービスを手がけるand factory株式会社は、Qwenを活用したマンガ制作支援ツールを導入し、従来2〜3日かかっていた工程を1日に短縮した。削減率は60%超だという。ただこれは通過点だ。and factoryとアリババクラウドが共同で目指しているのは、一工程の自動化ではない。背景の生成、線画への着色、海外版への翻訳——こうした制作工程の全体をAIで処理できる仕組みを開発している。マンガ制作という業種ごと入り込もうとしている。
AIスタートアップのFLUXは、Qwenをベースに320億パラメータの日本語×金融特化モデルを構築していると発表している。パラメータとはモデルの学習規模を示す単位で、数が多いほど複雑な判断に対応しやすい。背景にあるのは、金融現場の固有の課題だ。この業界では業界特有の専門用語が当たり前に使われるが、汎用のAIはこうした言葉を正確に扱えないことがある。日本語と金融業界の両方に絞ったモデルを構築することで、この壁を越えようとしている。
汎用AIではなく、日本語と特定業種を組み合わせた動きが着実に積み上がっている。アリババクラウドは2025年から、日本特有のビジネス要件に対応した企業向け支援プログラムも並行して進めている。
小売・ゲーム・エンタメ・製造の4業種をターゲットに明示
大手企業の採用も始まっている。スキンケアブランド「ドランク エレファント」を手がける資生堂は、QwenをベースにしたAIチャットボット「DRUNKGPT」を展開している。肌の悩みや製品選びに関する質問に、一人ひとりの状況に合わせた提案を返す仕組みだ。パナソニックAPチャイナはアリババクラウドと連携し、白物家電のスマート化を進めている。実験的な検証を超えて、実際のサービスや製品に組み込まれる局面に差しかかっている。
アリババクラウドが日本での注力先として明示しているのは、小売・ゲーム・エンタメ・製造の4業種だ。データセンターを国内に置き、プラットフォームを日本で完結させ、業種ごとに特化したAIを育てる——3カ月で5拠点目を開いたスピードは、この一連の準備を急ぐためのものでもある。ただし、採用事例はまだ数社レベルだ。国内クラウド市場ではAWSとAzure、Google Cloudが大きなシェアを持ち、すでに日本に複数の拠点と豊富な実績を積み上げてきた。後発のアリババクラウドが本格的な採用の波をつかめるかどうか、答えが出るのはまだ先だ。
