2026年6月1日、日本で一番値段が高い会社がトヨタ自動車からソフトバンクグループに変わった。車をつくる会社から、自分では何もつくらずにAIに賭ける投資会社へ。22年ぶりの首位交代だ。
22年ぶり首位交代、SBGが49兆円到達
株式市場では、株価に発行済みの株の数をかけた総額を「時価総額」と呼ぶ。会社に市場がつける値札のようなものだ。
6月1日、ソフトバンクグループ(SBG)の時価総額は48兆7848億円に達した。トヨタ自動車(45兆8923億円)を上回り、SBGが日本で最も高い会社になった。
トヨタが首位を手放すのは2003年12月以来、約22年6カ月ぶりだ。当時トヨタが抜いたのはNTTドコモ——ガラケーが全盛で「携帯といえばドコモ」だった時代の話だ。日本の首位企業が入れ替わるのは、いつもそういうタイミングだった。
2000年のITバブル期にも、SBGが一時的に首位に立ったことがある。だがそれは数週間で終わった。今回は直近の決算で純利益5兆0022億円——日本企業で初めて5兆円を超えた実績が背景にある。それだけのものが積み上がった末の逆転だ。
この日、SBGの株価は前週末から14%超急騰した。その1銘柄の動きだけで、日経平均株価を840円以上押し上げた。日経平均は日本を代表する225社をもとに算出される指数だが、たった1社がここまで全体を動かすことは、通常は起きない。この日の日経平均は取引時間中に初めて67,000円を突破した。
なぜこの日に、ここまでの買いが集まったのか——その背景に、ソフトバンクグループがAIのどこに、いくら張っているかという話がある。
首位を押し上げた3つのAI材料
Arm株が投資額の10倍超に
AIが動くには、まずチップが必要だ。スマートフォンからAIサーバーまで、あらゆる機器に搭載される半導体(コンピューターの動作に欠かせない部品)の「設計図」を世界に供給しているのが、イギリスのArm Holdings(アーム)だ。ソフトバンクグループは、この会社の株式の約90%を保有している。
SBGがArmを買収したのは2016年のこと。その後、買値と比べた現在の価値は10倍以上に膨らんだ。AIブームで需要が急拡大するなか、Armの株は2026年に入ってからだけでも2倍超に上昇した。チップの設計図を握ることは、AI時代の「インフラを持つ」に等しい——市場はそう評価している。
OpenAI上場観測が追い風
ChatGPTをつくった会社がOpenAI(オープンエーアイ)だ。SBGはこの会社に累計で約10兆円を出資し、株式の約6%を保有しているとされる。
ただ、OpenAIはまだ株式市場に上場していない。上場していない会社の株は、普段は値段が見えにくい。ところが最近、OpenAIが上場するかもしれないという観測が市場に広がった。上場すれば、SBGが持つ分の価値は約20兆円規模になるとの試算がある。市場はその期待を先取りしてSBG株を買った。
フランス14兆円計画が決定打
設計図(Arm)と頭脳(OpenAI)が揃っても、AIは動かない。膨大な電力を消費するコンピューターの施設——データセンターが必要だ。その施設をフランス全土に建設する計画を、SBGがフランス政府と覚書(MOU)として合意した。総額は最大14兆円、日本の国家予算のおよそ1割に相当する規模のAIインフラだ。実際の投資規模と実行スケジュールは今後の詳細協議で決まる。
設計図、頭脳、施設。3つが揃ったことで、市場はSBGを「AIに必要なものを全レイヤーで押さえている会社」と見るようになった。個別の投資の集まりではなく、AI産業そのものを構造ごと握ろうとしている——その絵が完成したとき、株価は動いた。
日本一の顔が車からAIに変わった日
少し引いて見ると、変化の速さがわかる。2024年3月時点では、両社の時価総額の差は約50兆円あった。日本の国家予算とほぼ同じ開きが、わずか2年強でひっくり返った。
この日の市場で動いたのはSBGだけではなかった。半導体メモリー大手のキオクシアHDも急騰し、2銘柄合わせて日経平均を約1,000円分押し上げた。AI・半導体への期待が、SBGの話を超えてこの日の市場全体を動かした。
トヨタが弱くなったわけではない。電気自動車(EV)への転換をどう進めるかという、自動車業界全体の見通しの悪さが、相対的にトヨタへの評価を押し下げた面はある。だがより根本にあるのは、世界の投資マネーの向かう先が変わったことだ。「ものをつくる力」より「AIの成長ストーリー」のほうに、高い値段をつけるようになった。
「カイゼン(改善)よりも大胆なリスクテイクを市場が評価する時代になった」——マネックスグループ顧問のイェスパー・コール氏はそう語る。トヨタが体現してきた着実な積み上げと品質への徹底。SBGが張り続けてきた、先が見えなくても全力で賭けるスタイル。この2つのどちらに市場が高い値段をつけたか、6月1日の数字は示している。市場関係者の間では、今回の首位交代を「製造業中心の産業から、AIを中心としたデジタル産業への移行」を象徴する出来事と見る声が上がっている。
「日本で一番価値の高い会社が何をやっているか」が変わった。首位が入れ替わるのは、いつも時代が変わるときだった。
賭けが当たるかどうかはまだわからない。孫正義はこう言う。「AI革命はインターネット革命の50倍。それでもまだ過小評価されている」。その答えは、これから出る。
