日本の大手新聞3社が、米国のAI検索サービス「Perplexity(パープレキシティ)」を著作権侵害で訴えた。2026年5月14日、東京地方裁判所で第1回口頭弁論が開かれ、日本でのAI著作権をめぐる初の本格裁判が幕を開けた。
朝日・日経が東京地裁で初対決
Perplexityとは、質問を入力するとネット上の情報を集めて要約し、文章で答えを返すAI検索サービスだ。グーグル検索のようにリンクの一覧が並ぶのではなく、まるで詳しい人間に聞いたような形で答えが返ってくる。近年急速に利用者を増やしているが、その仕組みがメディアとの摩擦を引き起こしている。
朝日新聞社と日本経済新聞社は、自社の記事11万9000本が無断で複製・使用されたとして、各社22億円、合計44億円の損害賠償をPerplexityに求めている。記事の使用差し止めと、収集済みデータの削除も要求に加えた。Perplexity側はすべての請求を棄却するよう求め、全面的に争う構えを示した。
大手紙が足並みをそろえているのは、この2社だけではない。読売新聞グループも2025年8月に約21億円の損害賠償を求めてPerplexityを提訴済みだ。産経新聞、毎日新聞、共同通信も抗議書を送っており、日本の主要メディアがほぼ一体となって異議を唱える異例の事態となっている。
無断収集と信用毀損、両社の主張
新聞社側が問題にしているのは、大きく2つの被害だ。一つは記事そのものを勝手に使われたこと、もう一つは自社の名前で嘘の情報を流されたことだ。この2つは性質が違う——前者は財産の侵害、後者は信用の侵害である。
有料記事まで無断収集
朝日・日経が訴状で主張しているのは、Perplexityが両社のウェブサイトから記事を大量に自動収集し、AIの学習データとして利用したというものだ。問題はその範囲にある。収集された11万9000本の中には、有料会員でなければ読めない記事も含まれているとされる。
お金を払って購読している記者・編集者が取材し、時間をかけて作った記事が、契約もなく、対価もなく、AIサービスの素材になっていた——新聞社側の怒りはここにある。Perplexityが利用者の質問に答えるとき、その回答の土台には、こうして集めた記事の内容が使われているというのが新聞社側の見立てだ。
さらに「ゼロクリック問題」と呼ばれる現象も背景にある。AIが記事の内容を要約して答えてしまうため、利用者は元の記事を読みに来ない。新聞社にとっては広告収入も購読収入も失われる構図だ。
ハルシネーションで信用も毀損
もう一つの被害は、より厄介な問題をはらんでいる。
AIは時に、存在しない情報を「もっともらしく」作り出す。業界ではこれを「ハルシネーション(幻覚)」と呼ぶ。問題は、Perplexityが回答に出典として新聞社名を表示することがある点だ。「朝日新聞によると」と表示されながら、実際にはその記事が存在しない、あるいは内容がまるで異なる——そうした事態が起きていると新聞社側は訴えている。
記事を無断で使われることと、架空の内容に自社の名前を冠されることは、被害の種類が違う。後者は著作権法の問題ではなく、報道機関としての信用そのものへの打撃だ。両社は不正競争防止法上の不法行為としても請求を立てており、著作権侵害とは別の法的根拠を明示している。
「記事を盗まれた」と「名前を汚された」——この二重の被害が、44億円という請求額と、全面対決という姿勢の背景にある。
Perplexityの反論、日本法が武器に
Perplexity側が持ち出したのは、意外な切り札だった。日本の著作権法そのものだ。
情報解析は適法と主張
著作権法第30条の4——AIがデータを学習するためにネット上の情報を収集・利用することを、原則として認める条文だ。機械が情報を「分析・解析」するためのデータ利用であれば、著作権者の許可がなくても構わない、という規定で、日本政府がAI産業の振興を見据えて設けたものである。
Perplexity側はこの条文を盾に、「記事の収集と学習への利用は、日本の法律の範囲内だ」と主張した。
ここに、この訴訟が持つ皮肉な構図がある。日本の新聞社がPerplexityを訴えたのに、Perplexityは「日本が自国のAI推進のために用意した法律が、われわれを守っている」と反論している。日本自身が用意したルールが、外国のAI企業の盾になっているのだ。
ただし、この条文には重要な但し書きがある。「著作権者の利益を不当に害することとなる場合は、この限りでない」——つまり、権利者に不当な損害を与えるような使い方は認められない。
原則:AIによる情報の収集・解析は、著作権者の許可なしに認められる
例外:著作権者の利益を「不当に害する場合」は、この限りでない
この「不当に害する場合」をどう解釈するか。ここが裁判の最大の分かれ目だ。文化庁は2024年の見解で、robots.txtを無視した収集や大量・反復的なデータ取得は、この例外に該当しうると示唆している。新聞社側はまさにこの点を突いてくるとみられる。
robots.txtは法的に有効か
「robots.txt(ロボッツ・テキスト)」とは、ウェブサイトが自動収集プログラムに対して「ここには来るな」と意思表示するための仕組みだ。サイト側が「この記事は収集しないでほしい」と設定できる、いわばデジタルの「立入禁止」看板である。
新聞社側は、Perplexityがこのrobots.txtの指示を無視して記事を収集し続けたと訴えている。
これに対しPerplexity側の立場は明確だ——robots.txtに法的な拘束力はない、というものだ。あくまで業界の慣行であって、法律ではない。法的に無効なのだから、従わなくても問題ない、という論理だ。
この主張は、技術的に見れば一面の真実を含む。robots.txtはインターネットの世界で長年使われてきた「お作法」であり、違反しても直ちに違法になる法律上の根拠はこれまで明確ではなかった。しかし日本の裁判所が「robots.txtの無視は著作権法30条の4の例外に当たる」と判断すれば、この慣行は初めて法的な重みを持つことになる。
Perplexityはこれとは別に、新聞社に対してコンテンツ利用の対価を分配する仕組みへの参加を提案していた。だが新聞社側はこれを拒否した。第1回弁論の時点で、和解の芽は既に摘まれている。
この判決が変えること
裁判所がどちらに軍配を上げるかは、まだ誰にも分からない。だがこの裁判が持つ意味は、Perplexityと朝日・日経の間の話に収まらない。「AIはどこまでネット上の情報を使っていいか」——日本でこれを初めて法的に決める前例が、この裁判から生まれる。
争点の核心は、「著作権者の利益を不当に害する場合は除く」という一文の解釈だ。Perplexityが勝てばこの規定は「AIの学習利用は原則自由」という解釈で固まり、日本はAI企業にとって都合のよいルールを持つ国になる。新聞社が勝てば逆に、AIが外部データを使う条件は大幅に厳しくなる。
同じ問いは、日本だけでなく世界でも突きつけられている。米国では『ニューヨーク・タイムズ』がOpenAIとマイクロソフトを提訴し、『ウォール・ストリート・ジャーナル』の親会社もPerplexityに法的措置をとっている。それぞれの国で判断が積み上がり、やがてAIとメディアの力関係を決める国際的な基準になっていく。東京地方裁判所が出す結論は、そのピースの一つとなる。
新聞社側が勝訴すれば、コンテンツへの対価を要求する法的根拠が生まれる。ゼロクリック問題が加速するほど、この法的根拠の重みは増す。判決次第では、今も続く他紙の訴訟や抗議が一斉に動き出すシナリオも十分ありうる。
敗訴すれば、メディア側の選択肢は狭まる。法律で守れないなら、AI企業との個別契約に活路を見出すしかない——Perplexityが提案し、新聞社が拒否した「対価分配の仕組み」が、いずれ交渉のテーブルに戻ってくるかもしれない。
朝日・日経が、「日本が自国のAI産業を育てるために用意した法律」を盾にした外国企業と法廷で向き合っている。善悪の問題ではなく、新しい技術と既存のルールの間にどこで線を引くかをめぐる、答えのまだ出ていない問いだ。その答えを出す役割が今、東京地方裁判所に委ねられている。
