ゲームのデザインデータをAIに学習させる——しかも権利者が合意した上で、ルールに基づいて。「無断で使う」か「一切使わせない」かの二択しかなかったAIとコンテンツの関係に、国が15億円を投じて第三の道を開こうとしている。
マイネットのGENIAC参画、ゲームIPデータを生成AI学習に開放
2026年5月13日、ゲーム運用会社のマイネットは、国の生成AI開発プロジェクト「GENIAC(ジェナイアック)」への参画を発表した。マイネットが持つのは、累計80本以上のゲームタイトルを運営する中で蓄積してきたデザインデータやグラフィックデータだ。これを「IPデータ権利者」として提供する——自社が著作権を持つコンテンツを、権利者として合意した形でAI学習に開放する役割を担う。なお、今回の実証事業で実際に提供するタイトル数やデータの規模については、現時点で具体的な開示はない。
この事業を主導するのはVisual Bankという会社だ。写真・映像の権利管理で知られるアマナイメージズを傘下に持ち、権利がクリアになった画像データを管理してきた実績がある。マイネットがゲームIPを「権利者として」提供し、Visual Bankがそのデータ管理基盤を担う。国内初となる「IP権利クリア」な生成AI学習データの仕組みを、役割を分けて構築する体制だ。
GENIACは経済産業省が推進する国産生成AI開発の支援プロジェクトで、第1期から第3期にかけての公募総額は累計339億円に上る。マイネットが参画するのはその中でも、マンガ・アニメ・ゲームといった日本のコンテンツ産業に特化した実証事業であり、国の研究開発機関NEDOが最大15億円の助成を決定している。
なぜ今、国がIPとAIの「断絶」に動いたのか
なぜ「権利者の合意」という手続きが必要なのか。そこには、AIとコンテンツ業界の間に長く続いてきた摩擦がある。
無断学習か、使わせないか——クリエイターが直面してきた壁
生成AIは、大量のデータを読み込んで学習することで能力を高める。画像を生成するAIなら、数十億枚もの画像を学習しているとされる。その「教材」として、インターネット上にある画像や文章が、権利者の許可なく使われてきた。
イラストレーターやゲーム会社が「自分の作品が勝手に使われた」と声を上げ、海外では著作権侵害を訴える裁判が相次いだ。日本にはAI学習を目的とした著作物の利用を認める法律があるが、それがクリエイターの不満を解消するわけではなかった。
権利者はデータを出すことを拒み、AI開発者は質の高いデータにアクセスできない。特にゲームやアニメのような高品質なIPデータは、外部に出ることがほとんどなかった。「無断学習か、全面禁止か」——どの国もこの二択から抜け出せないまま、状況は膠着し続けていた。
339億円規模のGENIACが「産業特化型AI」に舵を切った背景
GENIACは当初、日本語に強い汎用的なAIを国内で育てることを主な目標にしていた。しかし汎用AIの分野では、OpenAIやGoogleが圧倒的な資金と計算資源を投じて開発を続けている。同じ土俵で競うのは現実的ではない。そこでGENIACが向かったのが、日本が強みを持つ産業のデータを活かした「産業特化型AI」への転換だ。
マンガ・アニメ・ゲームは、日本が世界的な優位性を持つ分野だ。そのデータを使ってAIを育てれば、他の国には作れない生成AIになる。今回のマイネット参画は、その方向転換における最初の実証例という位置づけになる。
「守りながら使わせる」仕組みと、業界への意味
データウォールが実現する権利と利用の両立
マイネットが提供するゲームデータは、外に出ない。厳密に言えば、AIが「金庫の中で学習する」構造になっている。
Visual Bankが発表した「データウォール」と呼ばれる仕組みがそれだ。権利者がデータを提供すると、そのデータは外部から遮断された環境の中でのみAIの学習に使われる。学習が終わったとき、外に出るのはAIの「能力」だけで、元のデータそのものは持ち出せない設計になっているとVisual Bankは説明している。
「データを渡したら何に使われるかわからない」——これが、権利者が提供を拒んできた最大の理由だった。金庫の中でしか使えないなら、渡せる。その判断が成立する構造を、技術で作った。
権利者の合意を前提にしている点も、これまでの「無断学習」と本質的に異なる。ゲームデータのような、通常は絶対に外に出ないIPが動いた背景には、この「渡しても安全」という担保がある。
技術だけでなく契約モデルまで標準化する狙い
この実証事業が目指しているのは、技術の開発だけではない。
「どういう条件でデータを提供するか」「学習に使われた場合、収益はどう還元されるか」——こうした権利者との取り決めのひな型、つまり契約モデルの標準化も射程に入っている。現時点でマイネットとVisual Bankの間でどのような具体的条件が合意されているかは明らかにされておらず、この実証事業そのものが「使える枠組みを作るための検証」という段階にある。
データウォールという技術だけがあっても、権利者一人ひとりと個別に交渉していてはスケールしない。マンガ家やアニメスタジオが「この条件なら提供できる」と判断できる標準的な枠組みがあれば、参加のハードルが下がる。
NEDOの最大15億円が投じられるこの実証のゴールは、データセットの標準化だ。AIが特定の用途に特化した追加学習——ファインチューニングと呼ばれる——に権利クリアな形で使えるデータを整備する。技術と契約、その両方を同時に動かすことで、他の権利者が乗れる仕組みを作ろうとしている。
日本のコンテンツ産業とAI開発の断絶は長く続いてきた。マイネットのゲームIPが動いたことで、その断絶に初めて具体的な突破口が生まれた。この仕組みが実証段階を越えて広がれば、ゲームとアニメの国が、AIの学習データでも独自の地位を持つことになる。
