自動運転が「標準装備」になる日
日産自動車が2026年4月、長期戦略「Mobility Intelligence for Everyday Life」を発表した。その中心にあるのは一つの数字だ——次世代モデルの約9割に、AIによる自動運転機能を搭載する。技術デモの話ではない。量産車に載せる、という計画だ。
その第一弾として選ばれたのが、今年夏に発売予定のファミリーミニバン「エルグランド」である。テスラが高級セダンから始め、メルセデスが最上位グレードから展開したのとは、方向がまったく逆だ。子どもを学校に送り迎えし、週末に家族で出かける車——そこから始める、というのが日産の選択だった。
これまでの自動運転は、精密な地図データに頼っていた。あらかじめ道路の形状や信号の位置を細かく記録した「地図」を車に持たせ、その通りに走らせる仕組みだ。日産がすでに一部車種に搭載している「プロパイロット2.0」も、この方式をとる——高速道路の特定区間に限定され、精密な地図データがある場所でしか機能しない。整備された地図のある場所でしか使えないことが、普及の壁になっていた。
新型エルグランドに搭載される「次世代プロパイロット」は、その前提を変える。カメラやセンサーが捉えた映像をAIがリアルタイムで処理し、その場で判断して走る——「エンド・ツー・エンド自動運転(出発から到着まで、すべての判断をAIが一貫して担う方式)」と呼ばれる技術だ。地図がなくても走れるため、対応できる道路の範囲を一気に広げられる。日産は2027年度末までに、出発地から目的地まで一貫してAIが判断する走行を実現する計画を示している。
自動運転を支える3社との連携
エルグランドに載るこのAI——その技術は、日産が自前で作ったものではない。
NVIDIAとWayveの技術
英国発のAIスタートアップ「Wayve(ウェイブ)」が、この自動運転の「頭脳」を担っている。見知らぬ道でも人間のドライバーが目で見て状況を判断するように、AIが自ら学びながら動く——そのシステムを開発したのがWayveだ。
日産とWayveの関係は、技術の調達にとどまらない。日産は2024年、WayveのシリーズB資金調達ラウンドに出資しており、資本を通じた協業関係にある。出資を通じて開発の方向性に関与しやすくなる一方、中核技術をWayveに依存する構造でもある。
その計算処理を担うのがNVIDIAだ。優れたプログラムでも、それを動かす高速なコンピューターがなければ機能しない。米国の半導体大手が開発した車載コンピューターが、Wayveのアルゴリズムを瞬時に処理する役を担う。
ウーバーと東京でロボタクシーへ
2026年3月、日産・Wayve・Uberの3社が共同でこう発表した。東京で、この自動運転技術を使ったロボタクシー——ドライバーなしで乗客を運ぶ配車サービス——の試験運行を、2026年後半に始める、と。
Uberの役割は「配車ネットワーク」の提供だ。乗客がスマートフォンで車を呼び、AIが運転して目的地まで届ける——その仕組みを動かすシステムをUberが支える。日産が車両を、WayveがAIの頭脳を、Uberが社会インフラをそれぞれ持ち寄る分業体制だ。
試験車両は、日産の電気自動車「リーフ」をベースにAI搭載の装備を加えたものになる。東京の一般道でのデモ走行はすでに2025年9月に成功しており、絵に描いた計画ではなくスケジュールが実際に動いている段階だ。ただし、デモ走行の成功と日常の運転は別物だ。東京の入り組んだ道路でAIが実用レベルで機能するかどうか、2027年度末という期限が来るまで答えは出ない。
車種2割削減と「量より質」の転換
技術パートナーは揃った。では日産自身は何を変えるのか。その前に、この転換が生まれた文脈を押さえておく必要がある。
日産は2024年度、数千億円規模の最終赤字を計上した。世界販売台数も北米・中国を中心に落ち込みが続いており、財務の悪化が経営の選択肢を狭めていた。今回の車種削減や開発費の集中は、将来を見据えた純粋な戦略的選択という側面と同時に、コスト削減の必要性に迫られた構造改革という側面の両方を持つ。
日産は現在、世界で56車種を販売している。これを45車種に絞る——つまり、約20%にあたる11車種を廃止する方針を決めた。経営計画「The Arc」と、2026年4月に発表した「Re:Nissan」と呼ばれる事業再編の中で示された数字だ。
売れ行きが振るわないモデルをやめる。そこで浮いた開発費を、AIと電動化に集中させる。車の種類を増やして薄く広く売る戦略から、絞り込んで深く投資する戦略への転換だ。1モデルあたりの販売台数を30%増やすという目標を掲げているのも、その延長線上にある。
もう一つ、数字がある。車の開発期間だ。従来は設計から量産まで50カ月かかっていた。それを最短30カ月に縮める。4年以上かかっていた開発を、2年半に圧縮する計算だ。
なぜスピードが必要なのか。AI技術の進化が速すぎるからだ。開発に5年かけていたら、完成した頃には載せようとしていたAIが時代遅れになりかねない。技術の鮮度を保つために、開発の速度そのものを変える——これもまた、技術の話ではなく、仕組みの話だ。
さらに、1社では賄えない開発コストをどう分担するか。2024年8月、日産・ホンダ・三菱自動車の3社は、次世代車の共通技術やAI自動運転のソフトウェアを共同開発することで合意した。各社がそれぞれの車に同じ技術を載せることで、巨額の開発費を分担する体制だ。テスラや中国メーカーが巨額の開発費を注ぎ込む中、この協業がコスト競争力の根拠になる。
車種削減、開発短縮、3社の技術連携——この3つの意思決定が同時に出てきたことが、このニュースの重さを決めている。新しい機能の発表ではない。何に金をかけ、何をやめ、誰と組むか。経営の仕組みを変える判断が、技術発表の裏側に並んでいる。
