製品が1つもない会社に、15兆円の値段がつこうとしている。
ソフトバンク、新会社「Roze」の米国上場計画を発表
2026年4月末、ソフトバンクグループは新会社「Roze(ローズ)」の設立と、米国での株式上場計画を発表した。IPO(新規株式公開)とは、会社が株式市場に参入して広く一般から資金を集めることだ。
Rozeが手がけるのは、AIデータセンターの建設作業をロボットに任せる事業だ。データセンターとは、ChatGPTのようなAIサービスを動かすためのコンピューターが大量に詰まった巨大施設のこと。その施設を建てる仕事を、人間の代わりにロボットでやろうというのがRozeの狙いだ。
問題はその評価額だ。最大1,000億ドル——日本円で約15兆円。にもかかわらず、Rozeはまだ世の中に製品を1つも出していない。実績もない。それでも、上場は早ければ2026年後半、遅くとも2027年を目指す。
製品ゼロで15兆円——この評価が成り立つには、前提がある。AIのデータセンターが、今まさに「建てたくても建てられない」状況に陥っているという事実だ。
AIが止まる「物理の壁」——Rozeが狙う建設自動化の市場
AIは今、目に見えない壁にぶつかっている。壁の名前は「建設作業員不足」だ。
ChatGPTをはじめとするAIサービスは、動かし続けるために膨大なコンピューターが必要になる。そのコンピューターを収める施設——データセンターの需要が、世界中で急増している。MicrosoftやGoogle、Metaといった大手IT企業はこぞって新しいデータセンターの建設を発表しているが、どこも同じ問題にぶつかっている。建てたくても、建てられないのだ。
データセンターの建設は通常18か月から24か月かかる。コンクリートを打ち、鉄骨を組み、大量のケーブルを配線する——専門の技能を持った作業員が欠かせない工事だ。ところがその人手が世界的に足りない。AI投資が一斉に加速した結果、建設現場の需要だけが先走り、担い手の数が追いつかない状態になっている。
Rozeはこの詰まり所を、ロボットで突破しようとしている。重機の操作、鉄鋼の溶接、重い機材の運搬と組み立て——これまで熟練の作業員が担っていた力仕事を、自律型ロボットに置き換える計画だ。うまくいけば、工期は縮まり、人手不足という制約そのものが消える。AIの拡大を阻む「物理の壁」を、ロボットで壊す——それがRozeの存在理由だ。
製品ゼロで15兆円——Arm・OpenAI・Rozeを繋ぐ孫正義の絵
では、なぜ製品ゼロの会社に15兆円という値段がつくのか。それを理解するには、孫正義が描く「3階建て」の構想を知る必要がある。
1階はチップだ。AIを動かすための半導体の設計図を手がけるArmを、ソフトバンクはすでに傘下に持っている。世界中のスマートフォンの大半に使われる技術であり、AIの頭脳を根っこから支える基盤だ。
2階はAIそのものだ。ChatGPTを開発したOpenAIに、ソフトバンクは総額646億ドル(約10兆円)規模の関与をしている。AIのソフトウェアの中枢を、孫正義は自分の手の届く場所に置いてきた。
そして3階がRozeだ。チップがあり、AIがある。だが、それを動かす巨大施設を「建てられる人間がいない」——この最後の詰まりを取り除く役割として、Rozeは構想された。
AIに必要なすべてのピースを自前で揃えれば、誰も真似できない強さが生まれる。Rozeはその最後のピースであり、だからこそ製品ゼロでも15兆円という値段が——少なくとも孫正義の論理の上では——成り立つ。
スイスの大手ロボットメーカーから技術を確保——ただし工場から建設現場への転用という課題も
Rozeは白紙から始まる会社ではない。孫正義はすでに3社の買収に合意しており、その技術をRozeに統合する計画だ。いずれも規制当局の承認などを経て完了する予定で、駒はすでに並び始めている。
最も大きな柱は、スイスの重電大手ABBのロボティクス事業だ。約54億ドル(約8,500億円)での買収合意が発表されたこの部門は、工場の自動化で長年の実績を持つ。ただし、工場ロボットはあらかじめ整備された室内環境を前提に設計されている。屋外の建設現場は環境が毎日変わり、足場は不安定で、扱う資材の形もばらばらだ。整備された工場から、制御されていない現場への転用は技術的な飛躍を伴う。それをどう乗り越えるかが、Rozeの核心的な課題の一つでもある。
もう2社はAIのより深い部分を支える。米チップ設計会社のAmpere Computingを約65億ドル(約1兆円)で買収する合意が発表されており、データセンター向けの効率的なチップをRozeの設備に活かす計画だ。デジタルインフラへの投資会社DigitalBridgeは約30億ドル(約4,500億円)での買収合意で、施設を運営するためのノウハウと資産がRozeに加わる見通しだ。
あとはこれを一つの会社の屋根の下にまとめ、実際に動かすだけ——Rozeは今、その段階にある。
5000億ドルのStargate建設を担う有力候補
Rozeの最初の実戦投入先として想定されているのが、「Stargate(スターゲート)」だ。
StargateはOpenAI・オラクル・ソフトバンクが共同で進める、米国内でのデータセンター大量建設計画だ。総額5,000億ドル——日本円で約75兆円——という規模であり、そのうち建物や電力設備などの「物理インフラ」への投資だけで2,000億ドルを超える見通しだ。膨大な数のデータセンターをアメリカ中に建てるこの計画は、建設の担い手を大量に必要とする。Rozeはその建設部隊として位置づけられている。
Rozeのロボットが実際にそれを担えるかどうか、最初の答えが出るのは2026年7月だ。米テキサス州で建設中の1.2ギガワット規模のデータセンター(一般家庭約100万世帯分の電力消費に相当する規模だ)で、ロボットが実際に施工するデモを投資家向けに公開する予定がある。
そこが戦略の最初の審判となる。ソフトバンクはこのIPO準備に向け、400億ドル(約6兆円)の融資をすでに確保した。上場によって一般の投資家から資金を集め、その返済に充てる設計だ。上場後もソフトバンクがRozeの過半数株式を握り続ける方針は、かつてのArmと同じ構造だ。
「野心的すぎる」——IPOに漂う懐疑とこれから
ここまで読んで「本当にできるのか」と感じた人は、金融市場の専門家と同じ疑問を持っている。
RozeのIPOは「資金調達」と「本体リスクの分散」の両面作戦
市場アナリストの間では早くも「野心的すぎる」という見方が出ている。その懸念は、Rozeの事業だけを指しているわけではない。
ソフトバンク本体がすでに背負っている重さの問題でもある。OpenAIへの巨額関与に加え、Rozeへの資金調達支援、買収3社の取得費用——これらが同時期に積み重なれば、財務への負担は無視できない水準になる。
だからこそ、RozeのIPOには二つの意味がある。一つは成長資金の調達。もう一つは、ソフトバンク本体が抱えるリスクを広く一般の投資家に分散することだ。孫正義がRozeを早期に上場させようとする理由は、構想の壮大さだけにあるわけではない。
Rozeにしかない不確実性
SpaceXは宇宙開発、OpenAIは次世代AIモデルと、同時期に大型の資金調達が市場に並ぶ。Rozeへの資金が集まりにくくなるリスクは確かにある。ただ、より根本的な問いはRoze固有のものだ。
工場ロボットを建設現場に転用できるか——これは、技術として誰も証明していない。ABBのロボティクス部門は工場自動化の第一人者だが、整備された工場と変化し続ける建設現場は別の世界だ。Rozeが描く「建設現場を自律ロボットが動き回る」絵は、既存技術の延長線上にはない。
当面の焦点は一点に絞られる。2026年7月、テキサス州のデータセンター建設現場だ。投資家を招いて行われるデモで、Rozeのロボットが実際に施工する姿を見せられるかどうか——それが、15兆円という値段の根拠を証明する最初の機会になる。示せれば建設業の常識が変わる起点になり、示せなければ壮大な絵は絵空事として問われることになる。
