1万人をAI実装人材に変える
NEC(日本電気)が2026年4月23日、アメリカのAI企業Anthropicと戦略的提携を結んだ。AnthropicはChatGPTの開発元・OpenAIに対抗するAIを作っている会社で、「Claude(クロード)」というAIツールを展開している。NECはそのAnthropicの「グローバルパートナー」に日本企業として初めて認定された。
グローバルパートナーとは、Claudeを販売するだけの代理店とは異なる立場だ。Anthropicのエンジニアと直接連携しながら、企業向けのAIソリューションを共同で設計・開発する権限を持つ。この資格を持つ企業は世界でも限られており、日本企業の認定はNECが初めてとなる。
この提携で何が変わるのか。NECはグループ社員約3万人全員に、ClaudeおよびAIによるコーディング支援ツールを展開する計画を発表した。もともとNECは「DX人材1万人」という目標を掲げ、2023年にそれを達成していた。今回の提携を機に、その目標を一気に3万人規模へ引き上げた。NECが目指しているのは、優れたAIを開発することではない。AIを使いこなせる人材を、グループ全体の規模で先に揃えることだ。
すでに社内では結果が出ている。競合分析や市場調査を含む経営戦略の立案作業で、従来3〜6か月かかっていた初期調査フェーズが2時間で完了するようになった。管理会計の業務量は約60%減った。NECはこれを「クライアントゼロ」と呼ぶ——自社を最初の顧客として使い倒し、その成果を顧客向けサービスに転用する戦略だ。
ClaudeをNEC全社に入れる
Claude Codeで開発をAI化
NECの開発部門に配備されるのが「Claude Code(クロード・コード)」だ。エンジニアがプログラムを作るときに使う開発支援ツールで、設計から動作確認まで、AIが自律的に処理を担う。人間の役割は「コードを書くこと」から「AIに何を作らせるかを指示すること」に変わる。
すでに一部のチームで数字が出ている。数十人規模の開発チームを対象とした計測では、月あたり平均320時間分の作業がAIに置き換えられた。設計フェーズで2倍、実装フェーズで最大10倍速くなった事例が報告されている。
CoEで組織的に育成する
ツールを渡すだけでは人は変わらない。NECはそこに組織の仕組みを作った。
Anthropicから直接ノウハウを受け取る専門チームを社内に置いた。こうした役割を持つ組織を「CoE(センター・オブ・エクセレンス)」と呼ぶ——専門知識を一か所に集め、社内全体に広げる役割を担う部隊だ。CoEがAnthropicと連携しながら知識を吸収し、それを育成プログラムへと変換して全社に届ける。
CoEが手がけた取り組みの一つが、選抜メンバーを1か月間通常業務から切り離して集中的に学ばせるプログラムだ。社内では「虎の穴」と呼ばれる。参加者は実際の業務課題にAIをあてはめ、26の改善施策を生み出した。工数削減率は平均70%——10の仕事が3つになった計算だ。
この方式を全社3万人に広げるのが、NECの描く次の一手だ。
3万人という数字の意味
3万人という数字は、社内教育の目標ではない。2030年に向けた収益計画の根拠だ。
NECが中期経営計画「BluStellar(ブルーステラ)」で掲げる2030年の売上目標は1.3兆円。その数字を裏打ちするのが、実装済みの人材の厚みだ。クライアントゼロで積み上げた成果を持ち込む先として、NECが選んだのは金融・製造・公共の3業種だ。
銀行や保険会社とは数十年の取引がある。工場の生産管理システムもNECが支えてきた現場が多い。公的機関や役所とのつながりも深い。新たに扉を叩くのではなく、長年の関係がある相手に、自社で実証済みのノウハウを持ち込む。NECが「実装できる人材を先に揃えてから扉を叩く」順番を選んだのは、そういう計算だ。
NECが選んだ競争の軸
富士通はAIプラットフォームの自社開発を軸に置く。NTTグループは独自の大規模言語モデル——自社で一から構築したAI——を通信インフラと組み合わせる形で展開する。二社に共通するのは「自分たちの技術が優れている」という土俵での戦い方だ。
NECの土俵は違う。Claudeを中心に使いながら、一社依存を避けるため国産AIも組み合わせる方針を取る。だがこの戦略の軸は、どのAIを選ぶかという話ではない。「AIを使える人間が何人いるか」を競争力の根拠にする——その選択がNECの差別化になる。
富士通もNTTもAI人材の育成は進めている。NECが際立つのは、その規模と戦い方の根本的な違いだ。「うちのAIはこれができる」という競争に乗るのではなく、人材の数で先行する。競合が製品の優位性を語る間に、NECは現場に入れる人間を揃えにかかっている。
他の会社がどう答えるかは、これから見えてくる。問われているのは「AIを使える人材が何人いるか」という、これまで競争の軸になかった数字だ。
