Ankerが独自AIチップ「Thus」を発表
Ankerといえば、コンビニやAmazonで見かける充電器やモバイルバッテリーのメーカーだ。そのAnkerが4月22日、自社製の半導体チップ「Thus(サス)」を発表した。充電器を作る会社が、チップ設計に踏み込んだのは今回が初めてのことだ。
Thusが目指したのは、イヤホンという小さな箱の中でAI処理を完結させることだった。従来のイヤホン向けチップと比べて、最大150倍のAI演算能力を持ちながら、バッテリーへの負担は抑えるという設計になっている。クラウド——つまりインターネット上のサーバー——に頼らず、デバイス側で処理するため、音声データが外部に送られることもない。
このチップを最初に搭載するのは、Ankerのオーディオブランド「Soundcore」の新フラッグシップイヤホン「Liberty 5 Pro Max」と「Liberty 5 Pro」だ。いずれも5月21日にニューヨークで開催される「Anker Day」で発表される予定で、予想価格はそれぞれ約3万7000円と約2万7000円。搭載機能の目玉は「Clear Calls」——駅やカフェの雑踏の中でも、自分の声を通話相手にクリアに届ける通話機能だ。
充電器の会社がなぜ、チップを自前で作る必要があったのか。
Ankerがなぜ自分でチップを作ったのか
答えは、市販のチップでは物理的に解けない問題があったから、だ。
イヤホンのバッテリーはスマートフォンの100分の1以下しかない。市販の汎用チップ——あらゆる用途に対応できる既製品——をそのままイヤホンに入れて高度なAI処理をさせると、バッテリーがあっという間に尽きる。技術的には可能でも、製品としては使い物にならない。
問題の根っこは、従来のチップの構造にある。一般的なチップは「データを保管する場所(倉庫)」と「計算する場所(工場)」が切り離されており、計算のたびにデータが倉庫と工場の間を何度も行き来する。この往復が電力を食う。従来のAI処理で消費される電力の90%以上は、計算そのものではなくこの「データの移動」に使われていた。
ThusはCIM(Compute-in-Memory)——「メモリの中で計算する」技術——でこの構造を変えた。倉庫の中に工場を建てた、と言えば分かりやすいかもしれない。データが移動する必要がないから、そこで消費されていた電力がまるごとなくなる。結果として、スマートフォン並みのAI処理を、極小バッテリーしか持てないイヤホンに詰め込むことが可能になった。
AnkerのCEO、Steven Yang氏はThusの設計思想をこう表現した。「モデルがある場所に計算機能を置くことで、データの旅を終わらせた」。
Ankerはこの技術を、イヤホン1製品にとどめるつもりはない。モバイルバッテリー、スマートホームデバイス、その他の小型機器全般へと展開していく構想を示している。充電器やケーブルを作ってきた会社が、チップ設計という半導体産業の核心に踏み込んだ——組み立てる側から設計する側への転換だ。
このチップで、イヤホンは何ができるようになるか
従来のイヤホンに入っていたAIが得意としていたのは、「これは雑音か、そうでないか」という単純な振り分けだった。それが今回、一段高いところに上がる。「音の大小で雑音を消す」から「誰の声かを聞き分けて、その人の声だけを届ける」レベルの処理が、イヤホンの中で動くようになる。処理能力150倍の差は、ここに出る。
その体験を形にしたのが「Clear Calls」だ。従来の環境ノイズキャンセリング(ENC)は、アルゴリズムに従って決まった種類の雑音を削る機能だった。Liberty 5 Pro MaxとLiberty 5 Proでは、8つのマイクと骨伝導センサーをオンデバイスAIが統合的に制御し、周囲の環境から自分の声だけを抽出して届ける。駅のホームで電話をしても、相手の耳には喧騒ではなく自分の声が届く。
処理がイヤホンの中で完結するから、声のデータはクラウドに送られることもなく、外部サービスへの接続も必要ない。
5月21日のAnker Dayで、Liberty 5 Pro MaxとLiberty 5 Proは正式発表される。約3万7000円と約2万7000円——Ankerにしては高価格帯のこの製品に、「Thusあり」の最初の体験が現れる。
