4月23日、NECがアメリカのAI企業と組んだというニュースが出た。IT業界では珍しくない発表だが、今回は普通の契約とは中身が違う。NECは単にそのAIを「売る側」に入ったのではなく、「作る側」に加わった。
NECが「販売代理店」ではなく「共同開発パートナー」になった
Anthropicは、対話型AI「Claude(クロード)」を作るアメリカの新興企業だ。ChatGPTを提供するOpenAIと同じジャンルで、AIと文章でやり取りしながら資料作成や情報整理を助けるサービスを展開している。2024年に日本法人を設立したばかりで、国内での知名度はまだ高くない。
「リセラー」と「共同開発パートナー」の違い
企業がAIを外部から調達する方法は大きく2種類に分かれる。ひとつは「リセラー(再販業者)」と呼ばれる形で、AI企業の製品を仕入れて顧客に売り渡す。製品の設計には関わらず、売ることが仕事だ。もうひとつが「共同開発パートナー」で、AIが今後どんな機能を持つかを決める段階から関与できる立場だ。
NECが今回結んだのは後者だ。Anthropicが次に何を開発するか、日本向けにどんな仕様にするかを議論する場にNECが同席できる。日本企業特有の法規制や業務慣行を、AIの設計に直接反映させる権限を得た、ということになる。
共同開発に含まれる具体的な中身
共同開発の第一弾として、金融、製造、自治体の3分野に特化したAIの開発が始まる。金融なら事務書類の自動処理、製造なら現場の職人知識のデータ化、自治体なら行政手続きの効率化——それぞれの業界が抱える規制や慣行に合わせてAIを仕立てる。Anthropicの技術と、NECが持つ国内の顧客基盤・業界知識を組み合わせる構図だ。
日立システムズとの違い
同じ4月23日、日立システムズもAnthropicとの提携を発表した。同日に複数の国内大手が名乗りを上げた格好だ。
ただし、提携の段階が異なる。Anthropicの提携には複数のランクがあり、NECが入ったのは最上位の「グローバルパートナー」という枠だ。日立システムズの提携がどの枠にあたるかはAnthropicから公開されていない。グローバルパートナー枠に現時点で何社が名を連ねているかも明らかにされていないが、Anthropicは日本企業としてNECが初めてこの最上位枠に入ったと説明している。
NECの説明によると、交渉は異例の速さで決まった。最終合意は発表のわずか2日前。NEC側のCOO(最高執行責任者)がロンドンへ直行し、3週間にわたる集中交渉の末に契約が成立したとされる。Anthropicが日本法人を設立して以来、NECとの協力関係が積み上がっていたことが、最上位枠での採用につながったとされる。
最上位パートナーとしてNECが最初に動かすのは、他社向けのサービスではない。まず自社の約3万人のエンジニアに、今回のAIを使わせる。
3万人導入の本当の目的——自社で実証して国内企業に売る
「クライアントゼロ」戦略
NECはこの取り組みを「クライアントゼロ」と呼ぶ。最初の顧客は自分自身だ、という意味だ。
3万人のエンジニアが日常業務でClaudeを使い、何が機能して何がしないかを洗い出す。日本語特有の言い回し、業界固有の専門用語、社外に出せないデータの扱い方——こうした問題は、実際に使ってみなければ見えてこない。NECは自社をその実験台にすることで、これらの課題を先に潰す。
狙いはその先にある。「うちで試してここまで改善した」という証明を手に入れることだ。金融機関や製造業、自治体にAI導入を提案する場面で、同業他社が「理論上、効果が見込めます」と言う横で、NECだけが実績を示せる状態を作る。NECが掲げる自社内での最大60%の業務効率化という目標が達成できれば、その数字が営業の武器になる。
先頭に立つ理由はもう一つある。実際に業務で使わせることで、「どう使えばいいか分からない」という段階を社内で乗り越えた人材が生まれる。その人材が今度は、顧客企業のAI導入を支援する側に回る。NECはAIの活用方法を体系化し社内全体に広める専門拠点を設ける方針も示している。先行投資が、将来の差別化要素になる構造だ。
こうした算段の背景には、はっきりした事業目標がある。NECのDX(デジタル化支援)事業「BluStellar(ブルーステラ)」の2030年度売上目標は1兆3,000億円で、直近の目標から引き上げられた数字だ。自社での実証を経て顧客を助けられる人材と知見がNECに積み上がれば、国内企業がAIを導入する際の窓口にNECが自然に選ばれていく——そういう算段がある。自社への先行投資を顧客獲得の武器に変える。NECが日本初のグローバルパートナーの座にこだわった理由は、そこにある。
金融・製造・自治体で作るものの中身
自社での実証で何を証明しようとしているか——その答えが、共同開発の標的に表れている。金融、製造、自治体は、どれも海外製のAIをそのまま持ち込んでも使えない壁がある業種だ。日本固有の規制と、データを外部に出せないという制約が重なる現場で、共同開発の意味が生きる。
データを企業の外に出さない設計
通常の企業向けAIサービスでは、入力したデータがAI企業のサーバーで処理される。しかし金融や行政の現場では、顧客情報や機密書類を外部のサービスに送れない規制がある。今回の共同開発が目指すのは、データが企業の外に出ない構造だ。
Anthropicが日本でNECを選んだ理由の一つも、この文脈にある。NECは金融機関や官公庁への長年の実績を持ち、「どこまでデータを外に出せないか」を顧客ごとに知っている。設計の議論ができる相手として、適任だと判断されたということだ。両社が「安全なAI」を最優先にするという方針で一致したことも、最上位パートナーの座につながった。
3分野それぞれで何が変わるか
金融向けの開発で中心になるのは、大量の書類処理とルールチェックの自動化だ。保険契約の審査、銀行の融資判断に必要な書類確認——こうした作業は日本独自の監督規制があるため、標準的な海外製AIでは対応できない部分が多い。すでにNECのAI基盤を使った三井住友海上火災保険では、資料作成時間が50%削減、議事録の作成が平均30分から約5分に短縮された実績がある。今回の共同開発は、こうした成果をAnthropicの最新技術でさらに広げる狙いだ。
製造向けでは、熟練した技術者の「勘やコツ」をAIに学ばせることに取り組む。長年の経験で培われた判断基準は文書化されにくく、担当者が退職すると失われる。これをAIとの対話で引き出し、現場で使える形に変える。設計書の自動作成も、開発の射程に入っている。
自治体向けは、行政手続きの効率化と個人情報の厳格な管理が柱になる。住民情報を扱う行政業務は、民間企業よりさらに高いセキュリティ基準が求められる。どこに情報を保管し、誰がアクセスできるかを証明できる透明性が、設計の最優先事項になる。
共同開発がうまく機能するかどうかは、まだわからない。NECの3万人のエンジニアで効果が出たとして、それが金融の審査担当者や自治体の窓口職員でも同じように再現できるかは、これから検証される。「日本初のグローバルパートナー」という肩書きの重みが試されるのは、提携の発表ではなく、この先の実装の段階だ。
