2024年4月、コカ・コーラとマイクロソフトが新たな提携を発表した。金額は11億ドル、日本円にして約1,700億円。ただし、この数字だけでは話の核心は見えてこない。
2.5億ドルから11億ドルへ、提携が4倍に拡大
コカ・コーラとマイクロソフトの関係は2020年に始まった。当初の契約は2億5,000万ドル。クラウド——インターネット経由でデータやシステムを一括管理する仕組み——への移行が主な目的だった。
それから4年で、金額は4.4倍の11億ドルに膨らんだ。契約期間は5年。コカ・コーラはすでに自社のすべてのシステムをマイクロソフトのクラウド基盤(Azure)に移し終えている。次の段階は、その基盤の上で「生成AI」——文章・画像・アイデアを自動でつくり出すAI技術——を全社の業務に組み込むことだ。広告制作から需要予測まで、使いどころは一部門にとどまらない。
規模から見れば、これは実験ではない。では、1,700億円で具体的に何が変わったのか。
生成AIで変わった3つの現場
広告制作スピードが10倍に
2023年、コカ・コーラはAIキャンペーン「Create Real Magic(クリエイト・リアル・マジック)」を展開した。コカ・コーラのブランド素材を使って誰でもAIでアート作品を作れる仕組みで、17カ国から集まった作品は12万点を超え、3億回以上再生された。
AIは広告の裏側にいるだけでなく、消費者との接点そのものになっている。その延長で生まれたのが新フレーバー「Y3000 Zero Sugar」だ。消費者のSNSの声や反応をAIが分析し、「未来の味」というコンセプトに落とし込んだ。商品開発の起点にAIが立っている。
配送ルートをAIが毎日最適化
変化はマーケティングにとどまらない。コカ・コーラはAIスタートアップのHivery(ハイバリー)と組み、3万台以上の自動販売機に需要予測システムを導入した。
病院、スタジアム、オフィスビル——場所が違えば、売れるものも売れる時間も違う。それまで経験と勘に頼っていた補充判断を、AIが毎日データを更新しながら行う仕組みに変えた。補充が必要な機械だけを回るルートになり、配送コストは15%下がった。売上は6%増えた。1台あたりの数字は小さく見えるが、3万台に積み重なると差は大きい。
全社員の日常業務をAIで底上げする
広告と物流を変えたコカ・コーラが次に手をつけたのは、社員の日常だった。マイクロソフトのAIアシスタント「Copilot(コパイロット)」を全社員に展開し、メールの下書き、資料の整理、データの読み解きをAIが補助する体制になった。対象はコカ・コーラ・カンパニー(親会社)の全社員——約8万人以上が使える状態に置かれている。
AI戦略を統括するPratik Thakar(プラティク・タカール)氏は、業界カンファレンスや複数のメディアインタビューで、AIを特定部門の専門家だけが扱う道具にしない方針を一貫して語っている。スマートフォンが特別なものでなくなったように、AIも全社員が当たり前に使うインフラにする——それがこの投資の向かう先だ。
日本コカ・コーラの国内展開
グローバル戦略の具体的な形が現れているのが、日本市場だ。2024年、日本コカ・コーラは生成AIを活用した施策を相次いで打ち出した。その裏では、国内の業務インフラそのものが変わりつつある。
全世界のシステム統合が、日本の出発点になった
コカ・コーラが全社のシステムをマイクロソフトのクラウドに集約し終えたことで、日本のオペレーションも共通の基盤に乗った。各部門がAIを使えるようになるには、データを一か所に集めて処理できるインフラが前提となる。この土台が整ったことで、マーケティングと業務管理の両面でAI活用が動き出した。
変化はすでに数字に出ている。若年層ブランド「ジョージア」の「AI明日メーカー」キャンペーンでは、消費者が自分の”明日の姿”をAI生成画像で表現できる仕組みを展開した。生成AIで26カ国語のサンタクロースと会話できるクリスマス施策も実施した。こうしたAI活用によって、特定の施策では制作コストを最大90%削減している。
AI専任は全社でわずか2人
ここまで読んで、こう思った読者がいるかもしれない。「1,700億円の投資なら、相当な専門部隊が動かしているんだろう」と。
実態は逆だ。
コカ・コーラのAI戦略全体を統括する「専任」は、グローバルで2人しかいない。生成AI部門の責任者であるプラティク・タカール氏と、ガバナンス(管理・統制)担当の1名。それだけだ。2,000人以上のマーケター組織の中で、役職に「AI」が付く専任担当はこの2人のみである。
「AI部門」を作らない理由
これは人手不足でも予算の問題でもない。意図した設計だ。
タカール氏が業界カンファレンスや取材で繰り返し語る論理がある。「AIを特定の部署の仕事にしてしまうと、AI部門がなければ前に進めない組織になる」。スマートフォンが普及した当初、会社に「スマートフォン活用部門」を作った企業はなかった。インターネットもそうだ。誰もが当たり前に使うインフラになったとき、専門部署は意味をなさない。
AIを同じ位置に置く——それがコカ・コーラの方針だ。
実際の推進を担うのは、各部門から選ばれた「アーリーアダプター」と呼ばれる社員たちだ。アーリーアダプターとは「先行して新しいものを取り入れる人」を指す。彼らは業務時間の40〜50%をAIの社内展開に充てながら、それぞれ本来の業務も続けている。マーケター、物流担当、財務担当——各部門に根を張った人間がAIを使い、知見を積み上げていく仕組みだ。
全体のガバナンスは、CFO(最高財務責任者)直轄の「AI評議会」が担う。AI活用の優先順位付け、リスク管理、投資対効果の評価——これらを経営の意思決定レベルで扱うことで、AIが一部門の実験で終わらない体制を作っている。
2人の専任でこの規模を動かせるのは、Copilotがすでに全社員の手元にあるからでもある。専任チームが方針を示せば、実行は各部門の社員とツールが受け持つ。管理する人を絞り込む設計が、そもそもの前提になっている。
巨額の投資と、極限まで絞り込んだ専任体制。この組み合わせは矛盾しているように見える。だがコカ・コーラの答えは一貫している——AIを「使う人」を増やすことに投資し、「管理する人」は最小限にとどめる。その賭けが正しいかどうかは、これから数年で明らかになる。
