料理レシピサービス「クラシル」を運営するdely社では最近、エンジニアではない企画担当者が自分でデータを取り出せるようになった。「先週の人気レシピTop10を調べたい」と思っても、以前は専門知識を持つエンジニアに依頼しなければならなかった。今は、日本語で話しかけるだけでいい。
その変化をもたらしたのが、米データクラウド大手Snowflakeが4月21日に正式発表したAIプラットフォーム「Snowflake Intelligence」だ。
Snowflake Intelligenceが4月に始動
企業が蓄積するデータを扱うには、これまで「SQL(エスキューエル)」と呼ばれる専門言語を書ける人間が必要だった。「先月の売上を地域別に集計して」という問いひとつとっても、その裏では数行から数十行のコードが走る。それを書けない人間は、データの前で立ち止まるしかなかった。
Snowflake Intelligenceはその壁を取り除く仕組みだ。日本語や英語で質問を打ち込めば、システム側が専門言語に変換して答えを返す。データを読み書きする専門知識がなくても、企業のデータベースに直接問いかけられる。
dely社では、製品企画を担うPdM(プロダクトマネージャー)や企画職が、専門言語を一切書かずに自分でデータを抽出・可視化できる環境が整った。エンジニアへの依頼待ちがなくなる——小さいようで、業務の流れを根本から変える変化だ。
日本企業の動きはdely社だけではない。NECは「NEC経営コックピット」と名付けたシステムをSnowflake Intelligence上に構築した。たとえば複数の部門にまたがる売上や原価のデータを、担当役員が会議前に自分で引き出して確認できる仕組みだ。以前は各部門のシステム担当者に依頼し、集計された資料が届くまで数日かかることもあった。日清食品ホールディングスは、在庫や物流データを横断して分析できるAIエージェント機能の導入を決めている——原材料の発注タイミングや量の判断を、データに基づいてより素早く下すことが狙いだ。
ここで言う「AIエージェント」とは、質問に一問一答するだけでなく、複数のデータをまたいで自律的に分析し、結論まで導く機能を指す。「来月の原材料調達をどう最適化すべきか」という問いに対し、在庫・発注履歴・市況データを組み合わせて答えを出す。日本語での問いかけに答えるだけのツールから、一歩踏み込んだ機能だ。
この製品の土台となったのは、2024年4月にSnowflakeが発表したAIモデル「Arctic」だ。当時、Arcticは「企業向けデータ処理に特化したAI」として登場した。ChatGPTのような何でもできる汎用AIが注目を集める中、あえて用途を絞り込んだ設計は異色に映った。それから約2年、Arcticは実際に企業が使えるプラットフォームへと育った。
なぜSnowflakeが選ばれているのか。その理由は、AIの作り方そのものにある。
競合の8分の1を実現した仕組み
AIを作るには、大量のコンピューターを何週間も動かし続けなければならない。電気代と機材費は積み重なり、大手が作る主要なモデルでは数十億円から数百億円が費やされる。
Arcticの訓練費用は約200万ドル——日本円で約3億円だ。MetaのLlama 3など同規模の競合モデルと比べて、約8分の1。しかも完成まで3ヶ月足らずだった。
必要な部分だけを動かす
大規模なAIモデルは、内部に膨大な「知識の塊」を持つ。それが多いほど複雑な問いに答えられるが、問いに答えるたびにすべてを動かすとなれば、コンピューターへの負荷は莫大になる。
Arcticは違う設計を取った。膨大な知識を持ちながら、実際に答えを出すとき動かすのは全体の約3.5%だけだ。
図書館で例えると
数万冊を収蔵する図書館を思い浮かべてほしい。司書はすべての本の場所を知っているが、「先週の人気レシピは?」という問いに答えるとき、開ける棚は一角だけでいい。他の棚は静かなままだ。必要な部分だけを動かすことで、コンピューターへの負荷を大幅に下げ、作るコストも使うコストも抑えた。
「安く作れた」という事実は、そのまま「安く使える」に直結する。企業がデータ分析ツールを選ぶとき、月々のランニングコストは判断の中心に来る。dely社やNECが実際に採用に踏み切ったのは、性能だけでなくこの費用構造があってのことだ。
安く作れただけでは、企業は使わない。では精度はどうか——。
SQL首位とオープン、2年間の実績
「自然言語→専門言語」の変換精度
日本語の問いを専門言語(SQL)に変換する精度が、企業向けAIの実力を左右する。わずかなズレが、誤った集計結果につながるからだ。
AI研究者が世界中から参加する第三者評価テストがある。2025年5月、SnowflakeはそこでGPT-5やClaudeといった名の通ったAIを上回り、全参加モデル中の首位を取った。「精度が高い」という主張に、独立した証拠が付いた形だ。
その評価は実業務でも確かめられている。米資産運用大手のNorthern Trustは、SnowflakeのAIを使って請求書や契約条件の自動抽出を実装した。GPT-4を上回る精度を出し、手作業による運用コストを削減した。
こうした積み上げが利用数に現れている。SnowflakeのデータベースAIを毎週使うアカウントは、2025年11月時点で6,100社以上だ。
自社データを外に出さなくていい
もうひとつの選ばれる理由は、データを外部のAIサービスに送り出す必要がないことだ。
ChatGPTをはじめとする多くのAIサービスは、質問を打ち込むとその内容が外部のサーバーに送られる仕組みになっている。個人の使い方では気にならなくても、企業の機密データや顧客情報を扱うとなれば話は変わる。情報漏洩リスクを理由に、AI活用に踏み切れない企業は少なくない。
SnowflakeのAIは自社のデータ基盤の中で動く。分析も推論もSnowflakeの環境内で完結し、データが外に出ない。金融や食品といった業界の大企業が採用に動いている背景には、この安全性がある。
Arcticの設計図は無償で公開されており、大学や研究機関による検証も進んでいる。主要な競合が非公開を選ぶ中、真逆の判断だ。企業にとっては「中身がわかるAIを選べる」という選択肢が増えたことを意味する。
汎用AIが話題をさらう市場で、企業データという狭い領域に的を絞ったSnowflakeの2年間の積み上げは、Snowflake Intelligenceとして実用段階に入った。ただし、これが「データを取り出す道具」から「経営を動かすエンジン」になれるかは、これから証明される。
