Google DeepMind
「AIで科学を自動化する——Alphabet傘下のAI研究・開発組織」
- 🧬 AI研究・開発
- 🇬🇧 ロンドン(本拠地)
- 🏢 Alphabet傘下
AlphaFold利用研究者
330万人
GNoME発見材料候補
220万種
Gemini 3.1 Proコンテキスト窓
150万トークン
Google DeepMindとは?
タンパク質構造の予測数2.4億件
AIが予測した生命の設計図。この研究を率いたチームは、2024年にノーベル化学賞を受賞しました。
なぜ一企業のAI研究が、科学の最高権威に届いたのか?
Timeline
沿革
デミス・ハサビス、シェーン・レグ、ムスタファ・スレイマンの3人がロンドンで創業。ゲームを自力で学ぶAIの研究からスタートしました。
当時まだ目立った製品のないスタートアップに、Googleが巨額を投じたことで業界に衝撃が走りました。
イ・セドル九段に4勝1敗。「AIが人間を超えた瞬間」として世界中のニュースを席巻しました。
生物学者が50年かけても解けなかった難問を、AIがほぼ解いてしまいました。予測構造は2.4億件に達し、無料で公開されています。
Googleの社内AI研究チーム「Google Brain」と合流し、「Google DeepMind」として再出発。Alphabet全体のAI研究を一手に担う体制になりました。
AlphaFoldの功績が認められ、AI研究者として初のノーベル賞に。関連論文は4万本以上に引用されています。
DeepMind発の創薬スピンオフが、Alphabet外から初の大規模資金を獲得。AlphaFoldの技術を新薬開発に転用する本格的な事業化が始まりました。
About
Google DeepMindを一言で
AIで科学の難問を解き、その成果を世界に無料で配りながらGoogleのサービスにも載せる研究機関
- AIで「解けない問題」を解き続けてきた研究開発組織。AlphaGoからAlphaFold、Geminiまで
- 2023年にGoogle Brainと統合。Googleの計算資源と研究力が一体化した
- ノーベル化学賞を受賞した唯一のAI組織(2024年)
- 研究成果を無料公開しつつ、Geminiで製品化も推進する「研究×製品」の両輪
VS
何が違うのか?
業界の常識 vs Google DeepMind
研究成果をオープンに無償公開する
技術を囲い込み、APIやライセンスで収益化する。
AlphaFoldの予測構造2.4億件を無料公開。190カ国330万人の研究者が味方になった。
「解けない問題」から逆算して技術を作る
今ある技術を改良して、できることを増やしていく。
「50年解けなかった問題」を先に選び、そこから技術を逆算して作る。だからノーベル賞に届いた。
研究所ごとAIで自動化する
研究者が使う便利なツールを売る。
研究プロセスそのものをAIに置き換える。GNoMEは220万種の新素材候補を一気に発見した。
配るから集まる、集まるから解ける。
この循環を回せる組織は、世界に一つしかありません。
この型破りな戦略を選び続けたのは誰か——その答えが、次の経営陣セクションにあります。
Leadership
経営陣
チェスの神童、物理学者、組織運営のプロ——典型的なAI企業とは全く違う顔ぶれです
Demis Hassabis
デミス・ハサビス
チェスの天才少年がノーベル賞を取るまで
チェス世界ランカー(13歳) / ゲーム開発者 / ケンブリッジ大コンピュータサイエンス / UCL認知神経科学PhD / DeepMind創業 / 2024年ノーベル化学賞
4歳でチェスを始め、13歳でイギリスのチェス神童として知られた人物。ゲーム開発会社を経て、「人間の脳がどう学ぶか」を大学院で研究し、その知見をAIに持ち込んでDeepMindを創りました。AlphaGoで囲碁の世界王者を破り、AlphaFoldでノーベル化学賞を受賞——「AIで科学を加速させる」というビジョンを、文字通り実現し続けている人です。
John Jumper
ジョン・ジャンパー
物理学者がノーベル化学賞を取った
シカゴ大学理論物理学PhD / DeepMindでAlphaFold 2を開発 / 2024年ノーベル化学賞共同受賞
もともとは物理の方程式を解いていた理論物理学者です。「タンパク質の形を予測する」という生物学50年来の難問に、物理学の発想で挑み、AlphaFold 2として事実上「解いて」しまいました。2024年、ハサビスとともにノーベル化学賞を受賞しています。
Lila Ibrahim
リラ・イブラヒム
研究組織を巨大なプロダクト組織に変える実務家
Intel / Kleiner Perkins(VC) / Google DeepMind COO
IntelとトップVCで実績を積んだ経営のプロ。「世界最高の研究成果を、世界規模のプロダクトに変換する」という、DeepMindが直面している最大の実務課題を担っています。ハサビスとジャンパーがノーベル賞レベルの研究を率いる一方、その成果をGeminiやIsomorphic Labsのビジネスとして形にするのがリラの役割です。
経歴
| 学歴 | ケンブリッジ大学コンピュータサイエンス学士 / UCL認知神経科学博士 |
|---|---|
| 前職 | Bullfrog Productions(ゲーム開発) / Elixir Studios(自身が設立したゲーム会社) |
| 現職 | Google DeepMind CEO / Isomorphic Labs CEO |
注目ポイント
ハサビスの経歴で面白いのは、ゲームと脳科学という一見バラバラな経験が「AIで科学を解く」という発想の原点になっていること。ゲームAIで培った「自分で試行錯誤して学ぶ仕組み」と、神経科学で理解した「人間の脳の学習メカニズム」——この2つを融合させたからこそ、AlphaGoやAlphaFoldが生まれました。Alphabet CEO スンダー・ピチャイの傘下にありながら、研究の独立性を維持し続けている点も、彼のリーダーシップの特徴です。
経歴
| 学歴 | シカゴ大学理論物理学博士 |
|---|---|
| 前職 | D. E. Shaw Research(計算生物学) |
| 現職 | Google DeepMind Senior Staff Research Scientist |
注目ポイント
ジャンパーが典型的なAI研究者ではないところが重要です。物理学で鍛えた「複雑な系をシンプルな法則で記述する」発想を、タンパク質構造予測に持ち込んだ。AlphaFoldの関連論文は4万本以上に引用されており、190カ国330万人の研究者が使うインフラを技術的に支えた中心人物です。
経歴
| 学歴 | 非公開 |
|---|---|
| 前職 | Intel / Kleiner Perkins(ベンチャーキャピタル) |
| 現職 | Google DeepMind COO |
注目ポイント
研究成果を無料で配りながら、同時にGeminiで商業的成果も出す——この二面戦略を組織として機能させるのが、リラの最大の仕事です。ハサビスのビジョンを現実の事業に変換する「翻訳者」として、DeepMindの両輪戦略を裏から支えています。
ひとこと補足
AlphaFoldとノーベル化学賞
「タンパク質の形」がわかると、なぜ世界が変わるのか
私たちの体は、タンパク質でできています。
筋肉も、消化酵素も、免疫を担う抗体も、全部タンパク質。そしてタンパク質は、その「立体的な形」によって働きが決まります。
薬というのは、病気の原因となるタンパク質の「形」にピタッとはまる分子を設計することで効くようになる。つまり形がわからないと、薬の設計図が描けないんです。
ところが、この形を実験で調べるのがとんでもなく大変でした。X線や電子顕微鏡を使って、1つのタンパク質の構造を解くのに数年かかることもザラ。生物学者たちは50年以上、「アミノ酸の配列から立体構造を正確に予測できないか」という難問に挑み続けてきました。
AlphaFold 2は、2021年にこの問題を事実上「解いて」しまいます。AIがアミノ酸の並び順だけから、タンパク質の立体構造を数分〜数時間で予測する。しかも精度は実験で測ったものとほぼ同等でした。
ここからがGoogle DeepMindらしい話です。
この技術を囲い込んでライセンス販売することもできた。でもDeepMindは、予測した2億4,000万件以上の構造データを全て無料で公開しました。190カ国、約330万人の研究者がこのデータベースを使っています。スーパーコンピュータなんて持っていない途上国の小さな研究室でも、最先端のタンパク質構造データにアクセスできるようになった。関連論文の引用数は4万本以上——これは異例を超えた数字です。
2024年10月、この功績が認められ、デミス・ハサビスとジョン・ジャンパーがノーベル化学賞を受賞しました。AI技術の研究成果がノーベル賞に直結した、初めてのケースです。
最新版の「AlphaFold 3」は、タンパク質同士だけでなく、DNA・RNA・薬品分子との相互作用まで予測できるようになりました。DeepMindからスピンオフした創薬企業Isomorphic Labsは、このAlphaFold 3を使って実際の新薬開発に乗り出しています。米国のEli Lilly、スイスのNovartisと総額約30億ドル(約4,500億円)の戦略的提携を結び、従来なら数年かかった創薬プロセスの大幅な短縮を目指しています。
「科学の難問を解いて、成果を世界に配る」——AlphaFoldは、その戦略が最も鮮やかに結実した事例です。そしてこの成果は、Google DeepMindが持つ技術群のほんの一部にすぎません。
Technology
コア技術
「スマホの裏側」から「科学の最前線」「工場の現場」まで——3つの技術群がGoogle DeepMindの武器です
Google DeepMindの技術は、大きく3つの方向に伸びています。
私たちのスマホやメールの裏で動く汎用AI「Gemini」、科学の難問を解く専門AI群、そしてAIを物理世界に送り出す「Gemini Robotics」。それぞれ見ていきます。
あなたのGoogle検索、Gmail、Pixelスマホ——裏側で動いているのがこれです
Geminiモデル群
Googleサービスを支える汎用AIの頭脳
Geminiは、Google DeepMindが開発した汎用AIモデルの総称です。テキスト・画像・音声・動画を同時に理解できる「マルチモーダル」と呼ばれる仕組みが特徴で、人間のように「見て、読んで、聞いて」考えることができます。
モデルは用途に応じて3段階に使い分けられます。軽くて速い「Flash」、バランス型の「Pro」、最高精度の「Ultra」。最新のGemini 3.1 Proは一度に約150万トークン(本1冊以上のテキスト量)を読み込めます。
イオンリテールはGeminiで衣料品の商品情報登録を自動化し、年間の作業工数を90%削減。電話自動応答のIVRyはGeminiへの移行で認識精度を85%から97%に引き上げています。
220万種の新素材を一気に発見。「科学の方法論」そのものを書き換えるAI群です
科学特化AI群
研究者を助ける道具から、自分で発見するAIへ
AlphaFoldが代表格ですが、Google DeepMindの科学AIはそれだけではありません。
AlphaMissenseは、遺伝子の突然変異が「危険かどうか」を判定するAI。どれが病気の原因になるかを見分ける膨大な作業を、高速に自動判定します。
GNoMEは新素材の候補を探すAIで、220万種もの安定した新素材候補を一度に発見。人類がこれまでに見つけた無機結晶の数百年分に相当します。
AlphaGeometryは数学オリンピックレベルの幾何の証明問題を解き、GraphCastは欧州中期気象予報センター(ECMWF)が実際に採用するほどの精度で10日先の天気を予測します。
このほかAlphaCode(競技プログラミング)、AlphaQubit(量子コンピュータのエラー訂正)など、「科学の各分野に専門のAIを送り込む」アプローチを次々に展開しています。
プログラムなしで、口頭の指示だけでロボットがタスクをこなす時代が始まりました
Gemini Robotics
AIが画面の外に出る——物理世界で動くAI
2026年3月、Google DeepMindはドイツのAgile Robotsとの提携を発表しました。Geminiの「見て、考えて、判断する」能力を、産業用ロボットの体に載せるプロジェクトです。
これまでの工場ロボットは、あらかじめプログラムされた動きしかできませんでした。Gemini Roboticsは違います。カメラで状況を見て、Geminiの推論能力でリアルタイムに判断し、未知の環境でも自律的にタスクを遂行できます。
AlphaFoldもGeminiも「デジタルの世界」で完結していましたが、Gemini Roboticsは初めてAIを「物理世界」に送り出す試み。製造・物流の現場でAIが自分の手で動く——その入り口がいま開きつつあります。
ひとこと補足
AGIをどう測るか
「何でもできるAI」は、どこまで来ているのか
この記事で何度か出てきた「AGI」という言葉。正式には汎用人工知能(Artificial General Intelligence)といいます。特定の作業だけでなく、ほぼあらゆる知的作業を人間と同等以上にこなせるAIのことです。今のAIは「囲碁だけ強い」「翻訳だけ上手い」というように得意分野が限られていますが、AGIにはそういう制限がない。
Google DeepMindは2023年、「AGIの進捗を測る5段階フレームワーク」を論文として発表しました。レベル0が「AIなし」、レベル1が「熟練した人間と同程度」、レベル2が「専門家レベル」、レベル3以降は科学的発見や組織運営、文明規模の課題解決ができる段階。DeepMind自身の評価では、今のAIは概ねレベル1〜2の間——人間で言えば「大学で専門を学び始めた段階」くらいです。
面白いのは、DeepMindが「いつAGIができるか」という予測を意図的に避けていることです。代わりに「どうやって進捗を測るか」の議論を先に整理した。「ゴールがどこか」より「今どこにいるか」を正確に知ること——業界全体の共通の物差しを作ろうとする、地味だが重要な動きです。
Partnerships
パートナーシップ
研究室の技術が、創薬の現場から日本の小売店舗まで広がり始めています
AlphaFoldやGeminiの成果は、論文の中だけにとどまっていません。
実際に企業と組んで、現場の数字を変え始めています。ここでは特に注目すべき4つのパートナーシップを紹介します。
DeepMind発の創薬企業。AlphaFold 3を武器に、米Eli Lilly・スイスNovartisと総額約30億ドル(約4,500億円)の戦略的提携を締結。従来数年かかった新薬設計プロセスの大幅短縮を目指しています。2025年3月には外部投資家から6億ドル(約900億円)を調達し、Alphabetグループ初の大規模な外部資金として注目を集めました。
創薬から小売まで、研究成果が横断的に「現場の数字」を動かし始めた
AlphaFoldは創薬で計30億ドル規模の提携に結びつき、Geminiは日本の店舗で作業工数90%削減や電話応答精度97%を実現
一つの研究組織から生まれた技術が、製薬・小売・通信・データセンターという全く異なる領域で同時に成果を出している。「研究成果をオープンに配り、Googleの配信力で届ける」という戦略が本格的に回り始めた証拠です。
◆ ノーベル委員会・Nature・MIT Technology Review——権威ある3つの声が、同じ結論を指しています
Voices
業界の声
タンパク質構造の予測という50年来の難題を解決した。
2024年10月、ノーベル委員会はデミス・ハサビスとジョン・ジャンパーに化学賞を授与しました。AI研究の成果がノーベル賞として認められたのは、これが初めてです。選考委員会が「解決した」と明言したことの重みは、科学界では相当なものです。
出典: MIT Technology Review Japan — ノーベル賞受賞のGoogle研究者が語るAlphaFoldとAIの未来
AlphaFold論文(2021年)は生命科学分野で異例の4万本以上の学術論文に引用された。構造生物学の50年越しの問題を解いたと言える。
Nature Digestは、AlphaFold公開から5年の節目に特集記事を掲載しました。同誌が特に注目したのは、2億4,000万件の予測構造が無料で公開され、190カ国330万人以上の研究者に使われているという事実。スーパーコンピュータを持たない途上国の研究室でも最先端のデータにアクセスできるようになったことが、引用数の爆発的な増加につながっています。
出典: Nature Digest — 5周年を迎えたAlphaFoldが科学にもたらした革命
AlphaFoldは、科学的課題をAIで解決できることを証明した最初の真の事例だ。
MIT Technology Reviewによるデミス・ハサビスへのインタビュー記事で、ハサビス自身が語った言葉です。注目すべきは、ハサビスがAlphaFoldの意義を「一つの問題を解いたこと」ではなく「AIが科学の方法論を変えられると証明したこと」に置いている点です。AlphaFoldの成功があったからこそ、GNoMEやGraphCastといった他分野への展開が加速しました。
出典: MIT Technology Review Japan — ノーベル賞受賞のGoogle研究者が語るAlphaFoldとAIの未来
ここまで見てきた成果は本物です。ノーベル賞、2.4億件の無料公開、日本の現場で動く数字——どれも事実です。
ただし、これだけの規模で動く組織には、それに見合った代償もある。エネルギー消費、プライバシー、研究の独立性——次のセクションで正直に見ていきます。
⚠ Risk Assessment
リスク評価
ノーベル賞も取った組織に、死角はあるのか?——4つの構造的リスクを正直に見ます
AI人材の流出が止まらない
DeepMindの共同創業者ムスタファ・スレイマンは2024年にMicrosoft AIのCEOに転身しました。創業メンバーが競合トップに就くという衝撃的な出来事です。
OpenAI、Anthropic、xAI、Metaといった競合への研究者流出が続いています。AI人材市場は過去最高の競争率にあり、スタートアップは巨額の株式報酬で引き抜きをかけてきます。DeepMindの給与体系はGoogleの人事制度に縛られるため、柔軟な報酬設計が難しい。「一人抜けたら代わりがいない」レベルの研究者をどれだけ引き留められるかは、今後の最大のリスクです。
Googleの傘の下にいるリスク
DeepMindはAlphaFoldを無料で公開し、Geminiは明確に商業製品として売っています。この二面性は、Alphabet(Googleの親会社)の一部門である限り避けられません。
Googleの広告収益が減速すれば、R&D予算に直接響く。研究の独立性と商業利益のバランスは外部から常に注目されており、独立した資金調達や意思決定ができない以上、「世界最高の計算資源にアクセスできる」メリットの裏に、「Googleの経営判断に研究の方向性が左右されうる」コストが常にあります。
規制と社会的受容のハードル
EU AI Act、英国AI安全研究所など、AIに対する規制の枠組みが急速に整備されています。「AGIを開発する」と公言していること自体が、規制当局の注目を集める点がDeepMindにとって特に重い。また、GoogleのサービスデータをAI学習に使う範囲について英国・EUで批判や訴訟が起きています。巨大プラットフォームとAI研究が同じ会社にある構造そのものが、プライバシーとデータ倫理の面でリスクを生んでいます。
オープンソース勢の急追
Meta(LLaMA)、Mistral、Qwen(アリババ系)など、オープンソースのAIモデルが急速に性能を上げています。DeepMindはGemma 4でオープン戦略にも参戦していますが、本体のGeminiはクローズド(非公開)。オープンモデルが「十分に良い性能」に達すれば、企業がわざわざGeminiの有料版を使う理由が薄れます。「無料で配って味方を増やす」戦略と「囲い込んで稼ぐ」戦略の矛盾は、DeepMindの根幹に関わる問いです。
最大の武器が、最大のリスクでもある
DeepMindの強みがそのまま弱点の裏面を持っている
DeepMindの強みである「Googleの傘下にいること」「成果をオープンに配ること」「AGIを目指すと明言していること」——これらがそのまま、人材流出・商業との利益相反・規制リスク・競合からの追い上げという裏面を持っています。
武器と弱点が表裏一体。このバランスをどう保つかが、今後10年のDeepMindの命運を分けることになります。
What’s Next
今後の展望
研究室から現実世界へ——次の10年のテーマは「AIが自分で動く」こと
AlphaFoldで科学の難問を解き、Geminiでスマホの裏側を動かし、Gemini Roboticsで物理世界に踏み出した。
ここまでの流れを見てきた上で、Google DeepMindが次に何を仕掛けようとしているのか。現在進行中の4つのプロジェクトと、その先にあるビジョンを見ていきます。
Project Astra——カメラ越しに世界を理解するAI
スマホやスマートグラスのカメラで映したものを、AIがリアルタイムに「見て」解説してくれる。Project Astraは、そんな汎用AIアシスタントの開発プロジェクトです。
Geminiの「テキスト・画像・音声を同時に理解する力」を、画面の中ではなく現実世界で使えるようにする試み。「チャットするAI」から「一緒に行動するAI」へ——この転換が、2026年以降のDeepMindの大きなテーマになります。
核融合エネルギーのAI制御
クリーンエネルギーの究極形と言われる核融合。超高温のプラズマを安定的に閉じ込めるのが極めて難しいこの技術に、DeepMindは英国のJET(欧州トーラス共同研究施設)プロジェクトと連携してAIを活用する研究を進めています。人間が手動で調整していたパラメータをAIがリアルタイムに最適化する——エネルギー問題という「人類規模の難問」に科学AIを送り込む、DeepMindらしいアプローチです。
Isomorphic Labsの創薬実用化
AlphaFold 3を武器にした創薬企業Isomorphic Labsは、2020年代後半の新薬実用化を目指しています。すでにEli LillyやNovartisと総額約30億ドルの提携を結び、2025年3月には外部から約900億円を調達。「薬の候補分子がタンパク質とどう結びつくか」のシミュレーションを数時間に短縮し、研究成果が実際の薬として患者に届くかどうか——ここが次の数年の最大の試金石です。
Gemini Roboticsの産業展開
Agile Robotsとの提携で始まった「AIが物理世界で動く」挑戦は、工場・物流・介護といった領域への展開を加速させる方向です。あらかじめプログラムしなくても、口頭の指示と目の前の状況から自律的に判断してタスクをこなせる。製造現場の人手不足は日本を含む先進国共通の課題であり、ここにDeepMindの技術が入り込む余地は非常に大きいです。
AIが科学を加速し、科学がAIを進化させる——この自己強化ループが回り始めた
DeepMindの本当の賭けは、個々の技術ではなく循環構造そのものにある
デミス・ハサビスはMIT Technology Reviewのインタビューで「10〜20年以内にAGIに近いものが実現する可能性がある」と語っています。
その根拠になっているのが、DeepMindが実際に回し始めている「自己強化ループ」です。AlphaFoldの知見がGeminiの学習データに、GNoMEが発見した新素材が次世代チップの材料に、そしてより高性能なチップがさらに強力なAIを生む。研究成果がそのまま次の研究を加速させる循環構造です。このループが本格的に回り出したら、後から同じ仕組みを作ろうとしても追いつくのは極めて難しい。Google DeepMindの本当の賭けは、個々の技術ではなく、この循環そのものにあります。
科学の50年越しの難問をAIが解き、ノーベル化学賞を受賞した。その成果である2.4億件のタンパク質構造データを190カ国に無料で配り、330万人の研究者の手元に届けた。
Geminiはスマホの裏側からイオンリテールの倉庫まで動き、Gemini Roboticsは工場の現場に足を踏み入れ始めている。「科学の難問を解いて、成果を世界中に無料で配る」——この戦略と「Googleのサービスに載せて届ける」製品化の両輪は、まだ回り始めたばかりです。
AIが科学を自動化し、物理世界で動き始めたとき、その先に何が来るのか。答えを最初に出すのは、おそらくこの組織です。
Takeaway
この記事のポイント
- AlphaFold 2が予測したタンパク質構造2.4億件を無料公開。190カ国330万人の研究者が使い、2024年ノーベル化学賞に直結した
- Geminiはイオンリテールの作業工数90%削減、IVRyの認識精度97%など、日本企業の現場で実際に数字を動かしている
- DeepMindの冷却制御AIがGoogleデータセンターのエネルギー消費を40%削減。ただしAI自体の電力増加という矛盾も抱える
- GNoMEが220万種の新素材候補を発見、GraphCastは欧州の気象機関に採用——科学AIは「論文の中の成果」から「実用インフラ」に変わりつつある
- AGIの進捗を測る5段階フレームワークを自ら提案。「いつできるか」より「今どこにいるか」を正確に測ることを選んだ組織
— 読了お疲れさまでした。この企業の最新動向は、AI産業通信で随時更新します。
編集部コラム
研究成果を無料で配るという異端な選択が、結局いちばん強い競争力になっている怖さ
OpenAIが営利化に大きく舵を切り、Anthropicが巨額の資金調達で囲い込み戦略を強化する中、Google DeepMindは2.4億件のタンパク質構造データを無料で配り続けています。普通に考えたら、「お人好し」の戦略です。
でも結果を見ると、190カ国330万人の研究者がAlphaFoldのデータベースに依存し、4万本以上の論文がこの成果を引用し、ノーベル化学賞まで届いた。配れば配るほど、世界中の科学がDeepMindのインフラの上で回るようになる。囲い込まないことが、最強の囲い込みになっている——このアイロニーが、この組織の本質だと思います。
そしてこの戦略が続くかどうかは、結局のところGoogleの商業的忍耐にかかっています。Alphabetの広告収益が鈍化したとき、「無料で配る研究」にどこまで投資し続けられるのか。デミス・ハサビスという一人の天才のビジョンと、巨大企業の四半期決算——この2つの時間軸がいつまで両立するかは、誰にもわかりません。
Company Data
基本情報
| 正式名称 | Google DeepMind |
|---|---|
| 設立 | 2010年9月(DeepMind Technologies として) |
| 代表者 | デミス・ハサビス(CEO) |
| 本社 | ロンドン(英国) |
| 従業員数 | 約2,800名 |
| 累計調達額 | Alphabet完全子会社のため該当なし(※スピンオフのIsomorphic Labsが2025年3月に約900億円を外部調達) |
| 推定企業価値 | Alphabet内部門のため単体評価は非公開 |
| 主要投資家 | Alphabet(100%所有) |
| 公式サイト | https://deepmind.google |