Cohere
「知名度ゼロ、売上360億円——企業専用AIの隠れた本命」
- 🧠 エンタープライズAI
- 📍 カナダ・トロント
- 📈 シリーズD(IPO目前)
年間売上(ARR)
360億円
企業価値
1兆円
累計調達額
2,300億円
Cohereとは?
年間売上360億円
ChatGPTを作ったOpenAIが数兆円を調達しながら巨額の赤字を出す中、Cohereは累計2,300億円の調達で年間売上360億円を叩き出しました。
当初の目標は300億円。それを20%上回り、四半期ごとに50%超の成長を重ねての着地です。
なぜ、誰も名前を知らない会社がこれほど稼げるのか?
Timeline
創業から7年の軌跡
当時トロント大学の学生だったエイダン・ゴメス氏が、Googleのインターンとして「Attention Is All You Need」という論文を共著しました。この論文が提唱した「Transformer」という技術は、ChatGPTを含む現代AIのほぼすべての土台になっています。つまり、今のAI業界の地図を描いた1人が、後にCohereを作ることになります。
ゴメス氏がIvan Zhang氏、Nick Frosst氏(AIの父と呼ばれるジェフリー・ヒントンの教え子)とCohereを設立。最初から「一般消費者向けではなく、企業の中で動くAI」に的を絞りました。OpenAIやGoogleとは最初から違う道を選んだわけです。
企業が自社の業務で使えるAI(自然言語処理API)の提供を本格的に開始しました。ChatGPTブームの2年前、まだ「生成AI」という言葉すらなかった頃に、企業向けAIだけで勝負する決断をしています。
NVIDIAやSalesforce Venturesなど、テック業界の大手が出資。「企業が自分の敷地内でAIを動かしたい」という需要に早くから賭けた姿勢が、投資家の目に留まりました。
101言語に対応する多言語AIの開発を開始。英語以外の言語で使えるAIは意外と少なく、非英語圏の政府機関や企業から引き合いが急増するきっかけになりました。
1,110億パラメータのモデルが、たった2枚のGPUで動きます。通常これだけの規模のAIを動かすには10枚以上のGPUが必要で、運用コストが桁違いに下がる設計です。売上総利益率70%の源泉はここにあります。
累計調達額は約2,300億円、企業価値は約1兆円に到達。年間売上360億円を叩き出し、2026年のIPO(株式上場)が現実味を帯びてきました。
About
Cohereを一言で
「AIをデータのある場所に持っていく」会社
- Fortune 500企業が主要顧客
- 70以上の言語に対応
- 消費者向けプロダクトを一切持たない
- 評価額1兆円、2026年IPO観測あり
VS
何が違うのか?
業界の常識 vs Cohere
APIではなく、オンプレミスごと売る。
APIで提供。データは外部サーバーを経由する。
AI丸ごと顧客のサーバーに設置。データが社外に出ない。
数兆円でも赤字 vs 15億ドルで黒字圏。
数兆円調達しても赤字が続く。
調達15億ドルでARR2.4億ドル。粗利70%。
英語で作って翻訳 vs 最初から100言語。
英語で開発し、後から多言語対応する。
最初から100言語対応。翻訳なしで動く。
「大きく集めて大きく使う」の逆を行く。それがCohereの戦い方だ。
この逆張りを選んだのは、誰だったのか。
Leadership
経営陣
全員がAI研究者出身——技術がわかる人間が経営するから「使えるAI」を作れる
Aidan Gomez
エイダン・ゴメス
Transformerの発明者が経営する
Google Brainインターン時代にTransformer論文を共著した最年少著者。26歳でCohere創業。
現代AIの土台となった論文「Attention Is All You Need」の8人の著者の1人です。AGI(汎用人工知能)の追求を明確に否定し、「今日の職場で測れる成果」に全振りする経営判断を貫いています。
Nick Frosst
ニック・フロスト
AIのゴッドファーザーの直弟子
ディープラーニングの父ジェフリー・ヒントンの研究室出身。Google Brain勤務を経てCohere共同創業。
ヒントン氏はノーベル物理学賞を受賞したAI研究の伝説的人物です。その直弟子であるフロスト氏が、Cohereの研究方向性に大きな影響を与えています。
Ivan Zhang
アイバン・チャン
GPU2枚で動くAIを設計した人
トロント大学でAI研究に従事した後、ゴメス氏・フロスト氏とCohere共同創業。
Cohereの技術基盤——特にGPU2枚で1,110億パラメータのモデルを動かす効率設計——を支えるエンジニアリングの柱です。売上総利益率70%という数字の裏には、チャン氏が設計した「少ないハードウェアで最大性能を出す」アーキテクチャがあります。
経歴
| 学歴 | トロント大学(機械学習) |
|---|---|
| 前職 | Google Brain インターン |
| 現職 | Cohere CEO / 共同創業者 |
Transformer論文の著者8名は今どこに
Transformer論文の著者8名は全員Googleを去り、OpenAI・Sakana AI・Essential AI・Character.aiなどに散らばりました。その中で唯一「企業向けAI専業」を選んだのがゴメス氏です。
経歴
| 学歴 | トロント大学(ヒントン研究室) |
|---|---|
| 前職 | Google Brain |
| 現職 | Cohere 共同創業者 |
師匠の懸念に答える形で
師匠のヒントン氏はAIのリスクを警告する立場ですが、フロスト氏は「企業の敷地内で安全に動くAI」という形でその懸念に応えています。
経歴
| 学歴 | トロント大学(AI研究) |
|---|---|
| 前職 | AI研究者 |
| 現職 | Cohere 共同創業者 |
派手なビジョンの隣で「本当に動くもの」を作る
派手なビジョンを語るCEOの隣で、技術的に「本当に動くもの」を作り続けてきた存在。Cohereが口だけでなく実際に稼げている理由は、この人の仕事が大きいです。
Column
Attention Is All You Needの8人は今どこにいるか
たった1本の論文がAI業界の地図を書いた
2017年、Googleの社員8人が「Attention Is All You Need」という論文を発表しました。
この論文が提案した「Transformer」という仕組みが、ChatGPTもGeminiもClaudeも——今あなたが名前を聞いたことがあるAIのほぼすべての土台になっています。
つまり、現代AIの「設計図」を描いたのがこの8人です。
驚くべきことに、8人全員がGoogleを去りました。
Googleが生んだ最大級の発明なのに、その恩恵を最も受けたのはGoogle以外の企業だったわけです。彼らの現在地を追うと、そのままAI業界の勢力図が見えてきます。
Noam Shazeer氏はCharacter.AIを創業し(その後Google復帰)、Ashish Vaswani氏とNiki Parmar氏はEssential AIを立ち上げました。Llion Jones氏は東京でSakana AIを創業し、Lukasz Kaiser氏はOpenAIの中核メンバーに。Jakob Uszkoreit氏はAIで創薬に挑むInceptiveを率いています。
そして最年少の著者だったエイダン・ゴメス氏が作ったのが、Cohereです。
ほとんどの著者が「AIそのものの限界を押し広げる」方向——汎用知能や基礎研究や消費者向けサービス——に進んだ中で、ゴメス氏だけが「企業の業務を効率化する」という、最も地味な道を選んでいます。
AGIでも対話AIでも創薬でもなく、銀行の書類を要約し、政府の社内データを検索するAI。
でも、その「地味な選択」が年間売上360億円という数字に化けている。1本の論文から生まれた8つの道のうち、最も静かで、最も確実に稼いでいるのがCohereという会社です。
では、その稼ぎを支えている技術の中身を見てみます。
Technology
コア技術
すべての技術は「企業の敷地内で、少ないハードウェアで動く」ために設計されている
Cohereが作っているものは、ざっくり言えば4つです。
文章を読み書きするAI、検索の精度を上げる技術、音声をテキストにするAI、そしてそれらを束ねて従業員がAIに仕事を任せるための基盤。
1つずつ見ていきます。
同クラスの1/5のハードウェアで動く大型AI
Command A——2枚のGPUで動く1110億パラメータ
Cohereの旗艦AIモデル
Command Aは1,110億個のパラメータ(AIの処理ユニット)を持つ大型モデルです。この規模のAIを動かすには、通常10枚以上のGPU(AI処理専用のコンピュータチップ)が必要になります。1枚数百万円するチップが10枚——それだけで初期費用は数千万円、電気代も比例して膨らみます。Command Aはこれをたった2枚で実現しました。前身モデルと比べて処理速度は150%向上し、一度に読める文章量は本1冊分(256Kトークン)。コスト5分の1で同等以上の性能が出るなら、企業が乗り換える理由は十分です。この効率設計こそが、Cohereの売上総利益率70%を支えている技術的な裏付けです。
AIが正しい回答をするかどうかは、検索精度で決まる
Rerank 4とEmbed v4.0——検索精度の要
社内の「書類の山」から答えを見つける技術
企業がAIに社内文書を読ませて質問に答えさせたいとき、最大のボトルネックは「AIが間違った書類を参照すること」です。Rerank 4は、検索結果を「本当に関連があるか」で並べ替える技術。数千件の社内文書から上位に浮かび上がるべき情報を選び直します。Embed v4.0は、文章の意味を数値に変換して「似た内容の文書」を高速で見つける技術。テキストだけでなく画像も扱えます。この2つは地味ですが、RAG(つまり「AIが外部データを参照して回答する仕組み」)の精度を左右する縁の下の力持ちです。Command Aがどれだけ賢くても、間違った情報を読んだら間違った答えを返す。Rerank+Embedはそれを防ぐ役割を担っています。
20億パラメータで14言語対応——消費者向けGPUでも動く
Transcribe——初のオープンソース音声認識
会議や通話をテキストに変える軽量モデル
2026年3月に発表されたCohereの音声認識AIです。会議の録音や通話内容をテキストに変換します。20億パラメータと軽量で、高価な業務用チップがなくても一般的なGPUで動作します。14言語に対応しており、オープンソースとして公開されているため、企業が自社環境で自由にカスタマイズ可能です。後述するNorthに統合されることで、「会議の音声を自動でテキスト化し、要約し、タスクに落とし込む」という一連の流れが実現します。
従業員がAIに「これやっといて」と任せるためのプラットフォーム
North——企業のAIエージェント基盤
Command A・Rerank・Embed・Transcribeのすべてが集まる場所
Northは、ここまで紹介した技術をすべて束ねる企業向けプラットフォームです。社内の業務システム(ERPや文書管理ツール)と接続し、AIが自律的に業務をこなす「AIエージェント」として機能します。たとえば、経費精算の処理、契約書の要約、社内ナレッジの検索——これまで人が手作業でやっていた仕事をAIに任せる基盤です。実際にAMDが社内業務の改善を目的にNorthを導入しています。AMD Instinct GPU上での動作最適化も共同で進めており、「使っている企業が実在する」という事実がNorthの完成度を示しています。SAPとの連携では、カナダ政府・公共部門向けにデータが国外に出ない「ソブリンAIレイヤー」を共同提供。企業だけでなく、国家レベルのデータ主権にも対応し始めています。
Column
ソブリンAIとは何か
AIの主権を自分で持つという考え方
ChatGPTに社内の機密文書を読ませたいとします。
でもその瞬間、データはOpenAIのサーバー——つまりアメリカの他社のコンピュータ——に送られます。普段使いなら気にならないかもしれません。でも、それが国家の安全保障に関わる文書だったら? 銀行の顧客情報だったら?
法律で「データを国外に出すな」と定められている業界は、そもそもChatGPTを使えないんです。
ここで生まれたのが「ソブリンAI」という考え方です。
ソブリン(sovereign)は「主権」という意味。つまり「AIの頭脳を、自分たちの敷地内だけで動かす」ということです。データが国境を越えない。他社のサーバーを経由しない。AIの恩恵は受けるけれど、データの主権は手放さない。
実際にSAPとCohereは2026年、カナダ政府・公共部門向けに「ソブリンAIレイヤー」を共同で立ち上げました。カナダ国内のサーバーだけでAIが完結する仕組みです。
Cohereの技術が「GPU2枚で動く」「オンプレミスに丸ごと設置できる」と設計されている理由は、まさにこのソブリンAIの需要に応えるためです。
世界中の政府や規制産業が「AIは使いたい、でもデータは出せない」というジレンマを抱えている。Cohereはその答えを、最も早く製品にした企業の1つです。
Partnerships
パートナーシップ
チップ屋からもソフト屋からも選ばれる——「どこでも動くAI」の信用状
ソブリンAIを実現するには、技術だけでは足りません。チップの供給元、クラウドの基盤、業務システムへの接続——すべての層にパートナーが必要です。Cohereはその全層を押さえにかかっています。
GPU2大メーカーの両方から出資を受け、供給元を1社に依存しない体制を構築。AMDは自社業務にCohereの「North」を導入済み。
OCIの生成AIサービスの基盤モデルにCohereを採用。顧客データがモデル学習に流用されないセキュア設計。
SAPの業務環境にCohereを統合し、請求書処理や在庫レポートの要約をAIで自動化。カナダ政府向けに「ソブリンAIレイヤー」も共同提供。
日本語特化モデル「高嶺」の共同開発パートナー。日本企業・行政がCohereに触れる最初の接点。
データを完全に自社管理できるオンプレミス展開が、防衛・安全保障という最も機密性の高い分野で採用された。
「ハードもソフトも押さえる」という全体設計
インサイト
Cohereのパートナーシップを俯瞰すると、1つの戦略が見えてきます。NVIDIA・AMDからGPUの供給と最適化を確保し、Oracleでクラウド基盤を固め、SAPと富士通で企業の業務システムに直結する——チップからクラウド、クラウドから業務現場まで、すべての層にパートナーがいる構造です。「どこでも動くAI」を掲げるCohereにとって、特定のハードウェアに依存しないことは技術思想であると同時に、経営上の生命線でもあるわけです。
IPO前夜のCohereに、業界は何を見ているか
Voices
業界の声
IPO前夜のCohereに、業界は何を見ているか
Cohereは2億4,000万ドルのARRを突破し、当初目標の2億ドルを大幅に上回った。四半期ごとに50%超の成長を維持しており、2026年のIPOに向けたポジションを固めつつある。
出典: Cohere Surges Past $240 Million ARR as It Positions for Potential 2026 IPO
CohereのARR達成は、企業向けAIの軍拡競争が本格化していることを示している。評価額70億ドルに到達した背景には、NVIDIA・AMD・Salesforce Venturesといった戦略的投資家の存在がある。
出典: Cohere’s $240M ARR Highlights the Enterprise AI Arms Race
ARR2.4億ドル達成の主要因は、金融や規制産業でのオンプレミス展開の加速にある。データの外部流出を禁じる業界との長期契約が、安定した収益基盤を形成している。
出典: Cohere Hits $240M ARR, Signals IPO Amid Rising Enterprise AI Demand
ここまでCohereの強さを見てきました。しかし、光があれば影もあります。
⚠ Risk Assessment
リスク評価
技術で勝てても、営業・市場・時間との戦いに勝てるかは別の話
巨大テック3社が同じ市場にいる
MicrosoftはAzure OpenAIで、GoogleはVertex AIで、AmazonはBedrockで——クラウドの巨人3社が、Cohereと同じ「企業向けAI」市場に全力で参入しています。しかもAmazonはAnthropicに40億ドル(約6,000億円)を出資し、自社クラウドのデフォルトAIとして組み込みました。企業がAWSやAzureを既に使っていれば、わざわざCohereを別途契約する理由が薄れます。「今使っているクラウドに最初から入っているAI」と「別の会社のAIをわざわざ導入する手間」——技術の優劣以前に、この販路とブランド力の差がCohereの最大の壁です。一般消費者の知名度がほぼゼロという事実も、ここに効いてきます。OpenAIやGoogleは「ChatGPT」「Gemini」という名前だけで信頼を獲得できますが、Cohereには「聞いたことがない会社」というハンデがあり、企業の意思決定者を説得するコストが高くつきます。
IPOのタイミングと成長プレッシャー
2026年のIPOが有力視されていますが、AI市場全体に過熱感が漂う中での上場にはリスクが伴います。評価額が70億ドル(約1兆円)を大幅に超えた場合、上場後に株価を維持するハードルは一気に上がります。そもそもAI企業のIPO成功例はまだ多くありません。上場前の企業は「毎四半期、前の四半期より成長している」ことを投資家に見せ続ける必要があり、ARR360億円の次は500億円、その次は700億円——この階段を1段でも踏み外せば、市場の評価は容赦なく下がります。成長を急ぐあまり利益率を犠牲にする誘惑も生まれやすく、今の「小さく集めて確実に稼ぐ」路線を上場後も貫けるかは未知数です。
オープンソースモデルが追いついてくる
MetaのLlama、フランスのMistralなど、無料で使えるオープンソースのAIモデルが急速に性能を上げています。Cohereの有料モデルと無料モデルの性能差が縮まれば、「無料で十分」と判断する企業が増え、価格競争に巻き込まれるリスクがあります。特にコスト意識の強い中小企業や、自社にAIエンジニアを抱える大企業は、オープンソースを自前でカスタマイズする選択肢を持っています。
少数の大型契約に売上が偏っている可能性
Cohereの売上を支えているのは、金融機関や政府機関との長期契約です。これは安定収益の源泉ですが、裏を返せば少数の大口顧客に売上が集中している可能性を意味します。仮に主要顧客1社がクラウドベンダーの「デフォルトAI」に乗り換えたり、契約を更新しなかった場合、四半期の業績に直撃します。顧客基盤の分散がどこまで進んでいるかは、IPOの目論見書が出るまで外からは見えにくいポイントです。
技術の差別化に賞味期限がある
「GPU2枚で動く」「オンプレミスに丸ごと設置できる」——これがCohereの今の最大の武器です。しかしAIの技術進化は極めて速く、競合が同等の効率を実現するのは時間の問題かもしれません。NVIDIAの次世代チップが出れば、他社のモデルも少ないGPUで動くようになります。クラウドベンダーがオンプレミス対応を強化すれば、「データが外に出ない」という差別化も薄れる。今の優位性が3年後も通用する保証はどこにもありません。
最大のリスクは「技術の賞味期限」
インサイト
5つのリスクの中で、最も根深いのは技術の差別化が陳腐化する可能性です。巨大テックとの販路の差や顧客の偏りは、営業努力やIPOによる知名度向上で緩和しうるもの。しかし「GPU2枚で動く」「オンプレミスで完結する」という技術的優位は、業界全体の進歩によって外から削られていきます。Cohereが今後も勝ち続けるには、追いつかれるたびに次の差別化を生み出し続けるしかない——それは、どんな技術企業にとっても最も難しい仕事です。
What’s Next
今後の展望
IPO、ソブリンAI、アジア——3つの波が同時に来る
リスクセクションで「技術の賞味期限」に触れました。
では、その賞味期限が切れる前に、Cohereはどこまで走れるのか。2026年以降のロードマップには、3つの大きな波が見えています。
2026年内のIPOが現実味を帯びている
Uberの上場を成功させた実績を持つFrançois ChadwickがCFOに、Meta元AI研究統括のJoelle PineauがCAIO(最高AI責任者)に就任し、経営体制は「上場準備完了」の形が整いました。IPOとは株式市場への上場のこと。上場すれば数千億円規模の資金調達が可能になり、製品開発と営業網の拡大を一気に加速できます。ARRが360億円に達し、四半期ごとに50%超の成長を維持している今のタイミングは、投資家に「成長の勢い」を見せるには最適です。ただし、1兆円を超える評価額で上場した場合、その後も成長を証明し続けなければ株価は維持できません。「上場がゴール」ではなく、「上場後に稼ぎ続けられるか」が本当の勝負です。
ソブリンAI需要が世界中で加速している
EU AI Act(EUのAI規制法)の施行をはじめ、各国政府が「データを国外に出すな」というルールを次々に強化しています。この流れはCohereにとって強烈な追い風です。SAPと共同で立ち上げたカナダ政府向けの「ソブリンAIレイヤー」は、まさにこの需要に応える製品。データが国境を越えず、自国のサーバーだけでAIが完結する仕組みを、SAPという世界最大級の販路に乗せて届けています。さらに、Cohereの「Model Vault」——AIモデルを顧客の環境にまるごと設置する仕組み——と、各国パートナーとの提携網は、競合が短期間で真似しにくい参入障壁になっています。規制が厳しくなるほどCohereの価値が上がる、という構造です。
富士通を起点に、日本・アジア市場が焦点になる
富士通と共同開発した日本語特化モデル「高嶺」は、日本のエンタープライズ市場への最初の足がかりです。日本は世界第3位の経済規模を持ちながら、企業のAI導入率はまだ低い。言語の壁もあって、英語中心のAIサービスが入り込みにくい市場です。70以上の言語に対応するCohereの多言語技術と、富士通が持つ日本企業への販路——この組み合わせは、他のAI企業には簡単に再現できません。韓国ではハンファグループとの関係拡大も見込まれており、アジア太平洋地域全体での展開が今後の成長ドライバーになる可能性があります。
CohereのIPOは「AIバブルの試金石」になる
インサイト
Cohereの上場は、単なる一企業のイベントにとどまりません。AI業界には大きく2つの路線があります。「AGI(汎用人工知能)を追い求め、巨額の赤字を出しながら研究に投資する」路線と、「今日の企業で測れる成果を出し、着実に売上を立てる」路線。市場がどちらに高い評価をつけるか——その答えが出る最初の機会が、CohereのIPOです。
ただし、Cohereの未来を本当に左右するのはIPOの成否そのものではありません。ソブリンAI需要がどこまで拡大するか、です。各国の規制が強まり、「自分の敷地内で動くAI」を必要とする組織が増え続ける限り、Cohereのポジションは揺るがない。逆に、規制が緩和されクラウドAIで十分という流れになれば、最大の武器を失います。
Cohereは、ChatGPTを知っている人でも名前を聞いたことがないかもしれません。
でも、企業や政府が「自分たちのデータを外に出さずにAIを使いたい」と考えたとき、最初に選択肢に上がるのがこの会社です。Transformerの共同発明者がAGIレースを降り、「AIをデータのある場所に持っていく」という地味で確実な道を選んだ結果が、年間売上360億円・企業価値1兆円という数字に表れています。
Cohereは「何でもできる夢のAI」を売っていません。
書類を要約する、社内データを検索する、会議を文字起こしする——今日の仕事を今日変えるための道具を、データが外に出ない形で届けている。その一貫した姿勢が、銀行や政府機関やSAPやAMDといった「AIに最も慎重な組織」から信頼を勝ち取ってきた理由です。
次にCohereの名前を目にするのは、IPOのニュースかもしれません。
そのとき、この記事を読んだあなたは「ああ、あの会社か」とわかるはずです。
Takeaway
この記事のポイント
- Cohereは一般の知名度ほぼゼロなのに、年間売上360億円・企業価値1兆円。企業や政府が「データを外に出さずに使えるAI」を求める市場で稼いでいる
- 現代AIの土台「Transformer」を共同発明した8人は全員Googleを去った。その中で唯一「企業の業務効率化」という地味な道を選んだのがCohereの創業者
- GPU2枚で1,110億パラメータを動かす効率設計が、売上総利益率70%を支えている。同規模のAIは通常10枚以上必要
- SAP・Oracle・AMD・富士通——チップからクラウド、業務システムまで全層にパートナーを持ち、「どこでも動くAI」を実現している
- 2026年のIPOが有力視されるが、巨大テック3社が同じ市場にいるリスクと、技術の差別化が陳腐化する可能性は見逃せない
— 読了お疲れさまでした。この企業の最新動向は、AI産業通信で随時更新します。
編集部コラム
AIの主戦場は、あなたのスマホの中じゃない
ChatGPTが世界を驚かせた2022年末から、AIの話題はずっと「一般消費者の目に見える場所」で語られてきました。対話AI、画像生成、動画生成——派手で、わかりやすくて、SNSで拡散される。何兆円もの資金が「人間を超える知能(AGI)」を目指す競争に流れ込み、OpenAIもGoogleもAnthropicも、その旗を掲げて走っています。でも、その裏側で静かに、しかし確実に大きくなっている市場があります。「企業が自分の敷地内で、自分のデータだけを使って動かすAI」という市場です。銀行、政府、防衛産業——データを外に出せない組織は、ChatGPTがどれだけ賢くなっても使えない。Cohereはそのことを、創業した2019年の時点で知っていました。
Transformerの共同発明者であるゴメス氏が「AGIはコスプレだ」と言い切る背景には、AI産業への真摯な問いかけがあります。何兆円もかけて「いつか届くかもしれない夢」を追うことと、今日の職場の生産性を10%上げることと、どちらが社会にとって価値があるのか。華やかなAGI競争に注目が集まる間に、Cohereは年間売上360億円という答えを静かに出しました。AIの本当の主戦場は、一般消費者のスマホの中ではなく、企業の業務システムの中にある——Cohereは、それを最も早く理解した会社なのかもしれません。
AI産業通信 編集部Company Data
基本情報
| 正式名称 | Cohere Inc. |
|---|---|
| 設立 | 2019年 |
| 創業者 | Aidan Gomez、Nick Frosst、Ivan Zhang |
| 本社 | カナダ・トロント |
| 事業内容 | 企業向けAIモデル・プラットフォームの開発・提供 |
| ARR(年間経常収益) | 約360億円(2025年度) |
| 推定企業価値 | 約1兆円 |
| 累計調達額 | 約2,250億円 |
| 主要株主・出資者 | NVIDIA、AMD、Salesforce Ventures、SAP |
| 主なパートナー | Oracle、SAP、AMD、富士通 |
| 公式サイト | https://cohere.com |