毎日、何億人もの人がGoogleで検索している。天気を調べ、路線を確認し、気になったニュースを検索する。その光景はここ20年、ほとんど変わっていない。だがその「当たり前」が、数字の上では静かに崩れ始めている。
Googleの検索が静かに壊れ始めている
Googleの世界シェアは2024年の91.47%から2025年7月には89.57%に低下した。Statcounterのデータによれば、これは過去10年で最も低い水準だ。2ポイントの低下と聞けば小さく感じるかもしれない。しかし検索エンジンというのは「使うものがこれしかない」と思われてきたサービスだ。その前提にひびが入り始めているという事実は、数字の大小よりも重い。
ユーザーはGoogleを使う回数を減らしている
シェアの低下だけではない。Datos社とSparkToro社の調査によると、アメリカでGoogleをデスクトップで使う人1人あたりの検索回数が、前年比で約20%減少している。10回調べていたものを8回に減らした計算だ。
なぜか。理由はシンプルで、調べなくても答えが来るようになったからだ。ChatGPTに「今から渋谷に行く一番早いルートは?」と聞けば、乗り換えサイトを開かなくても答えが返ってくる。複数のサイトを見比べて、また検索して——という手順そのものが、AIによって省かれるようになった。調査会社Gartnerは、AIチャットボットやバーチャルエージェントの普及により、2026年までに従来の検索エンジンの利用回数が25%減少すると予測している。
ChatGPTの登場以降、検索クエリ(検索で入力されるキーワード・質問のこと)の市場にも新顔が入り込んでいる。2025年4月時点のFirst Page Sageの調査では、ChatGPTはすでに検索クエリ全体の17.6%のシェアを持つとされる。ただしFirst Page SageはSEOコンサルティング会社であり、この数値の算出方法や調査の母集団は公開されていない点には留意が必要だ。Googleの外で「調べる」行為が成立し始めていることは、複数の調査が示しており、その傾向自体は確かだ。
AIが答えを出すと、誰もリンクをクリックしない
検索回数の減少と並行して、もう一つの変化が起きている。検索した人が、そもそも検索結果から外部のウェブサイトに飛ばなくなっているのだ。
これを「ゼロクリック検索」という。Googleで調べたとき、画面の中だけで答えが出てしまい、ニュースサイトや企業のウェブサイトには誰も飛んでいかない現象のことだ。天気予報、為替レート、「〇〇の意味は?」といった質問がその典型だ。Authoritas社の調査によれば、Google検索の約60%がこのゼロクリック検索であり、スマートフォンに限ると77%に達する。
さらにGoogleは2024年から「AI Overviews(AIによる概要表示)」という機能を本格展開している。検索結果の最上部にAIが生成した要約を表示し、ユーザーがリンクを開かなくても答えを得られるようにする機能だ。便利ではある。しかし同調査によれば、この概要が表示された場合、外部サイトへのクリック率はさらに最大79%低下する。
つまり「Googleで検索する回数が減り、検索しても外のサイトには飛ばない」という二重の変化が同時進行している。
この空白を埋めるように成長しているのがPerplexity AIだ。「回答エンジン」と自ら名乗るこのサービスは、検索結果のリンク一覧ではなく、質問への直接回答を返す。2026年初頭の時点で月間アクティブユーザーは4,500万人に達し、毎月7.8億件の質問を処理している。企業価値は200億ドル(約3兆円)と評価されている。
Googleは今も検索市場のほぼ9割を握っている。だがユーザーの行動は変わり始め、検索の意味そのものが変わりつつある。では、この変化の引き金は何か。驚くべきことに、その技術を作ったのはGoogle自身だった。
その弾は、2017年にGoogleが自ら撃った
ChatGPTもPerplexityも、そして今のAIブーム全体も、ある1本の論文を土台にしている。その論文を書いたのはGoogleの研究者たちだった。
「Attention Is All You Need」——Googleが書いた解体の設計図
2017年、Googleの研究者8人が「Attention Is All You Need(必要なのは注意機構だけだ)」という論文を発表した。この論文が提案した「Transformer(トランスフォーマー)」という技術が、今のAI全体の土台になっている。ChatGPTを動かすGPTシリーズも、GoogleのGeminiも、Perplexity AIも、この技術なしには存在しない。研究者の間では「現代のAIはすべてTransformerの子孫だ」と言われるほど、その影響は絶大だ。
なぜGoogleはこの技術を世界に公開したのか。当時の判断としては、それが当たり前だった。Googleをはじめとするテック企業には「研究成果を論文として公開し、学術界と協力して技術全体を前進させる」という文化が根付いていた。1社だけで囲い込むより、世界中の研究者と知識を共有した方が技術は速く進む——そういう考え方だ。2017年時点では、この論文がGoogleのビジネスを脅かす武器になるとは、おそらく誰も想像していなかった。
だがその後の展開は誰も予想しなかった方向に進んだ。Googleが公開した技術を手に、OpenAIはChatGPTを開発した。Perplexityは「回答エンジン」として検索市場に切り込んだ。AnthropicはビジネスAIの分野で存在感を高めた。Googleが世界に配った「解体の設計図」を使って、後発の企業たちがGoogleの牙城を崩し始めたのだ。
論文の著者8人は今、全員Googleの外にいる
ここに、もう一つの事実がある。2017年の論文を書いた研究者8人は現在、全員がGoogleを去っている。
8人の行き先はばらばらだ。ある者はAIスタートアップを創業し、ある者はGoogleが出資する競合企業に移り、またある者は独立した研究機関を設立した。主要な転職先にはCohere、Adept、Inceptiveなど、AI領域でGoogleと競合する企業が含まれている。離脱は2019年頃から2022年にかけて段階的に進み、シャジアーを除く著者たちもそれぞれの立場からAI産業に影響を与え続けている。日本では、共著者のうち2人が東京に拠点を置くAI研究機関「Sakana AI(サカナAI)」を共同創業している。全員がそれぞれの場所で、Googleとは別の道を歩んでいる。
もっとも象徴的なのが、ノーム・シャジアーの話だ。彼はTransformer論文の主要著者の一人であり、Google社内で高性能AIチャットボットを開発したが、その公開を会社に止められた。そしてGoogleを去り、独立してAIサービスを作り上げた。2024年、Googleはそのシャジアーを呼び戻すために27億ドル——日本円で約4,000億円——を支払うことになる。
27億ドルで「自分が育てた男」を買い戻した日
ノーム・シャジアーは、Transformer論文の主要著者の一人だった。しかし彼がGoogleを去った直接のきっかけは、論文の公開ではなく、その後に作ったものだった。
Googleの社内で、シャジアーは「Meena(ミーナ)」と呼ばれる高性能なチャットボットを開発していた。人間との自然な会話ができるAIで、当時の水準では突出した性能だった。しかしGoogleは、Meenaを外部に公開することを認めなかった。悪用されるリスク、社会的な影響への懸念——当時の大企業なら誰でもする判断だった。問題はその判断が正しかったかではなく、その判断がシャジアーに何をもたらしたかだ。
2021年、シャジアーはGoogleを退社した。そして共同創業者とともに「Character.ai(キャラクター・エーアイ)」を立ち上げた。AIキャラクターと会話できるサービスで、リリース後わずか数カ月で数千万人のユーザーを集めた。Googleが「出さない」と決めたものを、シャジアーは自分で作って世に出したのだ。
ここまでは人材流出の話だ。しかし2024年8月、話は別の次元に入る。
GoogleはシャジアーをGoogleに呼び戻すことを決めた。その手段として、GoogleはCharacter.aiに約27億ドルの投資を行いつつ、シャジアー本人をGoogle DeepMindに迎え入れるという形をとった。Character.aiという会社は存続し、他の共同創業者や経営陣もそのまま会社に残っている。シャジアーのみがGoogle DeepMindのシニアフェローとしてGoogleに戻り、Character.aiとは非常勤の関係を維持している。企業を買うのではなく、投資と人材獲得を組み合わせたこの手法を業界では「リバース・アクハイア(逆人材買収)」と呼ぶ。会社の事業ではなく、特定の人物を確保することが主目的の取引形態だ。
4,000億円という数字の意味を考えてみると分かりやすい。これは、Googleが優秀な人材を1人採用するために払った金額ではない。自社が育て、自社の判断で押し出した人物を、外に出してから取り戻すために払った金額だ。
GoogleがMeenaの公開を認めていれば、シャジアーはGoogleを去らなかったかもしれない。去らなければ、Character.aiは生まれなかった。Character.aiが生まれなければ、27億ドルを払う必要もなかった。自社の慎重な判断が人材を外に出し、その人材を巨額の資金で買い戻す——この一連の流れが、Googleが今置かれている状況を、どんな統計よりも雄弁に語っている。
Googleの本当の罠——自分でアクセルを踏むしかない
シャジアーを取り戻すために4,000億円を払った。それでもGoogleには、もっと深い問題が残っている。人材の問題は金で解決できても、ビジネスの構造そのものが、AI時代に向いていないのだ。
AI検索を進めるほど、広告収益が消えていく
Googleの売上の約8割は「検索連動型広告」から来ている。検索した言葉に関連した広告が画面に表示され、ユーザーがそれをクリックすることで広告主がGoogleにお金を払う仕組みだ。2024年通期でGoogleの広告収益は約2,650億ドル(約40兆円)に達した。この巨大な収益エンジンは、一つの前提の上に成り立っている——「ユーザーが検索結果のリンクをクリックすること」だ。
ところがAI Overviewsを使うと、その前提が崩れる。検索画面の最上部にAIが要約を表示してしまえば、ユーザーはその下にある広告も企業のサイトも見ずに画面を閉じる。すでに見たとおり、AI Overviewsが表示された場合、外部サイトへのクリック率は最大79%低下する。Google検索の約60%がゼロクリック検索であり、スマートフォンでは77%に達している現状に、AIがさらに追い打ちをかけている。
これが何を意味するか。GoogleがAI検索を便利にすればするほど、広告がクリックされなくなる。自社の最大の収益源を、自社の最先端技術が壊していくという構造だ。
もっとも、Googleがこの問題を座視しているわけではない。AI Overviewsの表示枠内に広告を組み込むテストを行っており、検索広告フォーマット自体をAI時代に合わせて変更する取り組みも進めている。ただし、これらが従来の広告クリック収益を代替できるかどうかは、まだ明らかになっていない。
この打撃をすでに受け始めているのが、ニュースサイトをはじめとするコンテンツ制作者たちだ。業界団体Digital Content Next(DCN)が加盟メディアを調査したところ、Google AI Overviewsの導入後にパブリッシャー(ニュースや記事などを制作・配信するサイトや企業のこと)への流入が25〜58%減少したと報告されている。
この状況に対し、米国の大手メディアグループPenske Media Corporation(PMC)は2025年、Googleを連邦裁判所に訴えた。PMCはローリングストーン、バラエティ、WWDなど100以上のメディアブランドを傘下に持つ大手だ。訴状ではGoogleが許可なくPMCのコンテンツをAI学習に使用し、そのコンテンツをもとに生成した要約を検索結果に表示することで、PMCへのトラフィックを奪っていると主張している。法的根拠は著作権法違反および不正競争防止法違反で、損害賠償と行為の差し止めを求めている。「コンテンツを作る側が、そのコンテンツを無断で使われ、自分たちへの訪問者も奪われる」——PMCが問題にしているのは、そういう構造だ。
一方、この混乱の中で逆に成長しているサービスがある。Redditだ。匿名の掲示板形式で「実際に経験した人の声」が集まるRedditは、AIが答えを生成するときに引用しやすい情報源として、AI検索時代に異例の注目を集めている。GoogleのAI検索における引用数は2024年3月から6月の間に450%増加し、2025年4月時点でRedditへの月間訪問数は14億回に達した。多くのメディアが流入を失う中、Redditは「AIに選ばれるサイト」として急成長している。
同じGoogleのAI機能に対して、ニュースメディアは流入を失い、Redditは伸びている。この差は何か。Redditにある情報は、AIが要約しきれない「リアルな体験談」や「議論の積み重ね」だ。AIが答えを返すとき、Redditを「一次情報源」として引用する形になるため、トラフィックが生まれる。AIによって代替されるのではなく、AIに使われる側に回っている。これが現時点での数少ない「生き残り方」の一例だ。
進んでも退いても損をする——イノベーターのジレンマ
かといってAI検索をやめれば、PerplexityやChatGPTにユーザーを奪われる。進んでも退いても損をする——この構造には名前がついている。経営学者クレイトン・クリステンセンが1997年に著書で描いた「イノベーターのジレンマ」だ。大企業が新技術を採用しようとすると、その技術が自社の既存のビジネスを壊してしまうため、動くに動けなくなる。かといって動かなければ、その技術を使った新参者に市場を奪われる。
クリステンセンが想定した典型例は、安価でシンプルな新製品が「下から」大企業を侵食するパターンだった。Googleの場合、侵食者は外から来たのではなく、自社の研究室から直接生まれた。自社が公開したTransformer技術を使って育ったOpenAI、Anthropic、Perplexity——これらが今Googleを圧迫している。クリステンセンが描いたより直接的で、より速いパターンだ。
GoogleはAI時代に向けた投資を止めることもできない。2026年、GoogleはデータセンターやAIインフラへの設備投資として1,850億ドル(約27兆円)を計画している。AI開発を続けなければ競合に負ける。だから投資する。投資するほどAIが賢くなる。賢くなったAIが検索結果を充実させ、ユーザーは外部サイトに飛ばなくなる。広告収益が圧迫される。それでも投資を止められない——この循環から、Googleは現時点で容易に抜け出せない状況にある。
さらに問題を複雑にしているのが、Google自身の製品同士が競合し始めていることだ。Googleは「Gemma(ジェンマ)」という軽量AIモデルを無料で公開している。誰でも自由に使えるオープンソース(ソフトウェアの設計図を公開し、誰でも利用・改変できる形式のこと)版だ。企業がGemmaを自社サーバーで動かせば、GoogleのクラウドサービスやGemini APIを使う必要がなくなる。無料で配った道具が、有料の本体の売り上げを食う。
この構図はGoogleだけの問題ではない。MetaがLlama 4を無償公開したことで、企業が自前のAIを社内で動かす流れが加速している。外部のクラウドサービスを借りなくて済むなら、GoogleのクラウドAI事業への需要も減る。オープンソースの競争が、GoogleのクラウドAI収益を外から圧迫しているのだ。
AI検索を進めれば広告収益が消える。止めればPerplexityやChatGPTに検索ユーザーを奪われる。AIモデルを公開すれば自社クラウドの需要を削る。投資を止めれば競合に追い抜かれる。どの方向に動いても、Googleは自分の何かを傷つける。これが今のGoogleの構造的な罠の正体だ。
この地殻変動は、Googleだけの話ではない
Googleが自社の検索ビジネスを食い荒らすAIを進めるか止めるか——その問いは、Googleの社内だけに留まらない。「Googleで調べて、サイトに来てもらう」という前提の上に成り立っている集客の仕組みが、すでに足元から揺らいでいる。
「Google経由の流入」を前提にした戦略が崩れ始めている
ウェブサイトを持つ企業やメディアにとって、Googleは長年「玄関口」だった。SEO(検索エンジン最適化——つまり、Googleの検索結果で上位に表示されるようにウェブサイトを調整すること)が一つの専門領域として成立したのも、Googleからの流入がそれだけビジネスに直結していたからだ。しかし今、その玄関口自体が変わりつつある。
ゼロクリック検索やAI Overviewsの影響ですでにパブリッシャーへの流入が大幅に減っていることは前のセクションで見たとおりだ。PMCのような大手メディアが訴訟に踏み切り、Redditのように「AIに引用される側」に回ることで逆に成長するサービスが現れている。同じ変化が、勝者と敗者をはっきり分け始めている。
この流れは加速すると予測されている。調査会社Sedestralは、AIを活用した検索インタラクションが2026年までに検索市場全体の約30%を占めるようになると見ている。ただしSedestralは比較的規模の小さい調査会社であり、調査方法論の詳細は公開されていない。参考値として示すが、Gartnerが2026年までに従来の検索エンジン利用が25%減少すると予測していることと方向性は一致しており、AI経由の検索が急速に拡大しつつある大局的なトレンドは複数のデータが示している。
今、デジタルマーケティングの前提をどう見直すか
「Googleで検索して、リンクをクリックして、サイトに来る」——この一連の流れが成立しなくなりつつある今、影響はGoogleというプラットフォームの問題に収まらない。Googleへの広告出稿を前提とした集客戦略を持つ企業は、流入経路の多様化を迫られている。Googleの広告市場シェアが下がれば、広告の出稿先としての効率も変わる。そしてGoogleの検索市場シェアは、過去10年で最低の水準まで低下している。
Perplexity AIやGensparkのような新興サービスは、Googleのように検索結果を一覧表示せず、直接回答を返す。ユーザーが「どのサイトを開くか」を選ぶ機会そのものがなくなっていく。
これはGoogleという1社の盛衰ではない。「検索してクリックする」という20年来の情報収集の仕組みが変わりつつあるということだ。企業はどうやって人を集めるのか。メディアはどうやって読者を得るのか。Googleに代わる情報流通の形は、まだ誰にも見えていない。その答えが出る前に、地盤だけが先に動いている。
