「明日の来客数、AIが95%の精度で当ててくれる」──。 そう聞いたら、最新のテック企業や大手チェーン店を想像するかもしれません。しかし、この驚異的な仕組みを実現しているのは、三重県伊勢市にある創業1912年の大衆食堂「ゑびや」です。
伊勢神宮の内宮から徒歩1分、おはらい町に店を構える「ゑびや大食堂」。かつてはそろばんで会計し、手書きの帳面で売上を管理していた老舗食堂が、AIによる需要予測を武器に売上5倍・利益率10倍という劇的な成長を遂げました。
本記事では、ゑびやがどのようにして「勘と経験」に頼る経営からデータドリブン経営へ転換したのか、その全貌を解剖。 さらに、同社が開発したAIサービス「TOUCH POINT BI」の仕組みと、中小飲食店が今日から始められるAI活用のステップまで踏み込んで解説します。
この記事では主にこの4つについて解説しています。
- 創業112年の老舗食堂「ゑびや」が、AI需要予測で売上5倍・利益率10倍を達成した方法
- 来客数の翌日予測的中率95%を実現する、約400項目のデータ活用の仕組み
- 食品ロス約7割削減と残業ゼロ・14日間連続休暇を同時に実現した働き方改革
- 中小飲食店がAI導入で失敗しないための3つのステップと、すぐに使えるAIツールの選び方
飲食業界の課題と、ゑびやが「AI」に踏み切った理由
「うちの店は長年の勘でうまく回っている」──そう考える飲食店オーナーは少なくありません。 しかし現実には、飲食業界は今、かつてないほど深刻な構造問題に直面しています。ゑびやの代表・小田島春樹氏がAIに踏み切った背景には、この業界共通の課題がありました。
ゑびやがAIに踏み切った理由は、この3つです。
- 人手不足 × 人件費高騰:飲食業界の有効求人倍率は全業種平均の約2倍。「人が採れない、採れても続かない」状況で、少ない人数で回せる仕組みが必要
- 「勘と経験」頼みの仕入れによる大量廃棄:天候や曜日で来客数が大きく変動する飲食店では、仕入れの読み違いが直接「食品ロス=利益の垂れ流し」に
- 属人化した接客・運営ノウハウ:ベテランの退職や異動でサービス品質が一気に低下。再現性のある仕組みがなければ、店の成長は「人」に依存し続ける
理由①:人手不足と人件費高騰──「採れない・続かない」の二重苦
厚生労働省「一般職業紹介状況」によると、宿泊業・飲食サービス業の有効求人倍率は2.53倍(2025年6月時点)で、全産業平均の1.22倍の約2倍にのぼります。
さらに、最低賃金の引き上げにより人件費も年々上昇。飲食店経営者にとって「人を雇う」こと自体が大きなコスト負担となっています。
ゑびやも例外ではありませんでした。小田島氏が2012年に入社した当時、店は伊勢神宮の目の前という好立地にもかかわらず、知名度は低く、経営は厳しい状態。少ない人数で効率よく店を回す仕組みが急務でした。
しかし小田島氏は、単に「人を増やす」のではなく、「少ない人数でも最大の成果を出せる仕組みを作る」という発想でこの課題に挑みました。それが後のAI導入へとつながっていきます。
理由②:「勘と経験」に頼る仕入れが生む、毎日の食品ロス
飲食店にとって、仕入れの精度は利益に直結します。多く仕入れすぎれば廃棄ロス、少なすぎれば品切れによる機会損失──このバランスを、多くの飲食店は店長やベテランスタッフの「勘」で判断しています。
ゑびやも同様でした。小田島氏が入社した当時、米の廃棄量は1日あたり6〜7升。「明日は何人来るか」を正確に予測する手段がなく、「多めに炊いておけば安心」という発想が常態化していたのです。
農林水産省・環境省の推計によると、日本の食品ロスは年間約464万トン(2023年度)。2022年度のデータでは、そのうち外食産業が約60万トンを占めています。1店舗あたりの廃棄量は「見えないコスト」として利益を圧迫し続けますが、多くの店舗では「仕方がない」と放置されているのが実態です。

ゑびやの小田島氏は、この「仕方がない」をデータとAIで解決できるはずだと考えました。
理由③:属人化によってノウハウが特定スタッフに偏っている
「あの人がいないと店が回らない」
飲食業界では、こうした属人化の問題が根深く存在します。接客のコツ、常連客への対応、繁忙期のオペレーション判断。これらのノウハウが特定のスタッフの頭の中にしか存在しないため、その人が辞めた瞬間にサービス品質が低下します。
ゑびやが目指したのは、個人の能力に依存しない「データに基づく再現性のある経営」でした。誰が働いても同じ品質のサービスを提供でき、誰が仕入れを担当しても最適な量を発注できる。
そんな仕組みを、デジタル技術とAIで構築しようとしたのです。

【成功の秘密①】AI需要予測システムで来客予測の的中率95%!
ゑびやのAI活用で最も注目すべきは、翌日の来客数を95%の精度で的中させる需要予測システムです。この精度は、大手チェーン店のシステムにも引けを取りません。
あらかじめ記載しておきますが、「来客予測的中率95%」や「約400項目のデータ分析」「AI画像解析カメラによる客層分析」などは、ゑびやが自社用に構築したフルスペックのシステムに基づく成果です。外販サービス「TOUCH POINT BI」は、このノウハウを他の飲食店・小売店でも導入しやすい形にパッケージ化したSaaSであり、来客予測の的中率は91.3%と公表されています。導入先のデータ環境によって活用できる機能や精度は異なるため、ゑびやと全く同じ成果が保証されるものではありません。
約400項目のデータを掛け合わせる「多変量予測」
ゑびやのAI需要予測は、単純に「過去の売上データ」だけを見ているわけではありません。約400項目もの影響因子を組み合わせた多変量分析を行っています。
内部データ: 過去の売上実績、メニュー別の注文数、時間帯別の来客数、テーブル回転率
外部データ(気象): 天気予報、気温、降水確率、降水量。雨の日は肉料理の注文比率が29%に上昇し、晴れの日は魚料理が28%に上昇する──こうした気象と注文の相関関係もAIが学習
外部データ(観光): 近隣宿泊施設の予約数・宿泊者数、口コミサイトへのアクセス数、自社Webサイトへのアクセス数
リアルタイムデータ: 店頭に設置したAI画像解析カメラで、おはらい町の通行量・入店率・来店客の男女比・年齢層を自動計測
これらのデータをMicrosoft Azure Machine Learning上で統合・分析し、翌日から最長1年先までの来客数を自動予測。毎朝、その日の予測来客数に基づいて米の炊飯量や食材の仕込み量が自動で算出されます。
小田島氏はこう語っています。「勘が当たるのは、せいぜい7割。AIは9割5分当てる。この差が、毎日の廃棄量と利益率を劇的に変えるんです」。
「そろばん経営」からAI経営へ──段階的DXの道のり
ただし、ゑびやは最初からAIを導入したわけではありません。そろばんからAIまで、約5年かけて段階的にデジタル化を進めた点が、この事例の最大のポイントです。
2012年:タブレット導入でコミュニケーション改善。手書き帳簿・そろばんからPOSレジへ移行し、売上データの電子化を開始
2013〜2014年:ExcelとVBAマクロでデータ分析の基礎を構築。売上や来客数の傾向を「見える化」
2015年〜:Microsoft Azure Machine Learningを導入し、AI需要予測を本格スタート
2016年〜:セルフレジ・セルフオーダーの導入でオペレーション効率化。AI画像解析カメラで通行量・入店率の自動計測を開始
2018年:自社のAIシステムを外販するため「株式会社EBILAB」を設立
いきなりAIに飛びつくのではなく、まずはデータを「貯める・見る・分析する」という土台を作り、その上にAIを載せた──この段階的アプローチが、ゑびやの成功の本質です。
【成功の秘密②】AIの導入で、ゑびやの売上5倍・食品ロス7割減の成果
AIの導入は、ゑびやの経営にどれほどのインパクトをもたらしたのでしょうか。ここでは、具体的な数値で成果を検証します。
売上5倍・利益率10倍──「伊勢の食堂」が見せた驚異的成長
小田島氏が入社した2012年当時、ゑびやの年商は約1億円。それが2019年には約5億円にまで成長しました。わずか7年で売上5倍です。
さらに注目すべきは利益率の変化です。売上だけでなく、利益率は10倍に向上。従業員1人あたりの売上高も約400万円から約1,100万円へと約2.75倍に伸びています。客単価も3倍に上昇しました。
売上:約1億円 → 約5億円(5倍)
利益率:10倍に向上
客単価:3倍に上昇
従業員1人あたり売上:約400万円 → 約1,100万円(2.75倍)
グループ全体売上:EBILAB含め約8倍(2024年度見込みで12倍)
この成長は、単に「AIを入れたから売上が伸びた」という単純な話ではありません。AIによる需要予測で仕入れの精度が上がり、廃棄コストが激減。さらに、データ分析で客単価の高いメニューの開発や最適な価格設定が可能になったことで、売上と利益の両方が押し上げられたのです。

食品ロス約7割減──「毎日6升捨てていた米」はどうなったか
AI需要予測の最も分かりやすい効果が、食品ロスの劇的な削減です。
かつて1日6〜7升も廃棄していた米は、AI導入後約2升にまで減少。廃棄量は約7割減を達成しました。EBILAB公式の発表では、食品廃棄全体で72.8%の削減を実現しています。
これは環境面だけでなく、経営面でも大きなインパクトです。飲食店の原価率は一般的に30〜35%。廃棄が減れば、その分がそのまま利益に直結します。「捨てていたものが、利益に変わる」──AIによる需要予測は、まさにそれを実現したのです。
残業ゼロ・14日間連続休暇──「働き方」まで変えたAI
ゑびやのAI活用がもたらした変化は、売上や利益だけではありません。従業員の働き方そのものが根本から変わりました。
残業時間:ゼロを達成
連続休暇:14日間の長期休暇を全従業員に付与(取得率100%) 完全週休2日制を導入(飲食業界では極めて異例)
基本給:近隣の1.5倍以上の水準を実現
AI需要予測で「来客数が少ない日」が事前にわかるため、そうした日にシフトを薄くし、まとまった休暇を計画的に取得できるようになりました。飲食業界の離職率の高さは「休めない・稼げない」が大きな要因ですが、ゑびやはAIの力でこの構造問題を解決しています。
厚生労働省の「働き方改革特設サイト」にも、ゑびやの取り組みは好事例として掲載されています。
【成功の秘密③】コロナ禍でも前年比120%──リアルタイムデータが危機を救った
ゑびやのデータ活用の真価が問われたのが、2020年のコロナ禍です。観光地の飲食店として壊滅的な打撃を受けてもおかしくない状況で、ゑびやは前年比120%の売上を確保しました。
AI画像解析が捉えた「客層の激変」
コロナ禍で伊勢神宮への参拝客は激減しましたが、ゑびやは店頭のAI画像解析カメラで客層の変化をリアルタイムで検出しました。
通常期:40代以上が主流の客層
コロナ禍:40代以上が21%減少、20代以下が20%増加
→ 観光バスツアーの高齢者層が消え、代わりに近場の若者が日帰りで訪れるようになっていた
データに基づく即断即決──若者向け戦略への転換
このデータを受けて、ゑびやはわずか数日で戦略を転換しました。
Web広告の比率を増加:若年層にリーチするため、SNS広告への予算配分を変更
店頭でのうちわ配布:若者の来店動機を作る販促施策を即座に実施
若者向け新メニューの開発:雲丹・いくらトッピングの「伊勢うどん」、SNS映えする「海宝飯」を投入
「勘」ではなくデータに基づいて判断したからこそ、迷いなく、素早く動けた。これがコロナ禍での前年超えという異例の結果につながりました。データドリブン経営の本当の価値は、「平常時の効率化」ではなく「危機時の意思決定スピード」にある──ゑびやの事例はそれを証明しています。
まとめ
ゑびやの事例が示しているのは、AIは大企業やテック企業だけのものではなく、地方の中小飲食店でも「正しい順序」で導入すれば、劇的な成果を生むということです。
そろばんからPOSレジへ。ExcelからAIへ。小田島氏が約5年かけて築いた「データの土台」の上に、AI需要予測は花開きました。売上5倍、利益率10倍、食品ロス7割減、残業ゼロ──これらの数字は、魔法の結果ではなく、地道なデータ蓄積の積み重ねが生んだ必然です。
さらに、ゑびやはその成功を自社だけにとどめず、EBILABを通じて他の飲食店にもAI需要予測の恩恵を届けています。「自分たちが苦労して作った仕組みを、業界全体に広げる」──この姿勢こそが、ゑびやが単なる成功事例ではなく、飲食業界のDXを牽引する存在と評価される理由です。
まずは明日、自分の店の売上データを「見える化」することから始めてみませんか。それが、あなたの店の「AI経営」への第一歩になるはずです。
- 伊勢の老舗食堂「ゑびや」は、AI需要予測で売上5倍・利益率10倍・食品ロス約7割減を達成
- 約400項目のデータを掛け合わせ、来客数を95%の精度で予測。仕入れの最適化で廃棄コストを劇的に削減
- コロナ禍ではAI画像解析で客層変化をリアルタイム検出し、前年比120%の売上を確保
- 残業ゼロ・14日間連続休暇・完全週休2日制を実現。飲食業界の「働けない・休めない」を解決
- 成功のカギは「いきなりAI」ではなく段階的なDX。まずはPOSレジでデータを貯めることから
- 自社のAIを外販する「EBILAB」を設立。100社以上・150店舗以上にAI需要予測を展開中


